swatanabe’s diary

webライター、ラノベ書き(アマ)。だいたい創作とゲームとラノベの話です。

文章上達のコツは?→とにかく読んで書く→そういう根性論いらないです、という話を聞いて思ったこと。

近況
  • 日課の筋トレが少し楽になってきたので、一昨日からネガティブトレーニングに切り替えましたが、めっちゃキツくてヤバイです。お腹が痛い。

 

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知人のフリーライターが、 駆け出しのライターさんから文章上達のコツを聞かれて「とにかく読んで、とにかく書く」と答えたら、「そういう根性論いらないです」と言われて困ったそうです。実際はそこまで投げやりな返答ではなく、「あ、いえ、具体的な技術とか勉強法とか・・・」みたいな感じだったそうですが。

詳しい背景 (相手の方の文章力がどれくらいなのか、具体的な技術とはどんなものを想定しているのか、など) がわからないのでなんとも言えないのですが、仮に書いた経験が少ないのに「そういう精神論いらないです」と言っていた場合、それはちょっと違うんじゃないかなぁとも思います。とてもとても読みにくいブログを書いてる人間に言われたかねぇよと言われれば、それまでですが (苦笑)

 

ここからは個人的な話。

仕事の記事とかラノベとか、なんでもいいのですが、文章を書いているときって意識して頭を使っていません。書いては消してを繰り返して良い感じの続きが降ってくるのを待ったり、冒頭が出てこないからとりあえず書けるところから手をつけたりと、いつも手探りな感じです。

で。その思いついた内容を文章化するときに、はじめて技術が登場します。言い換えれば、筆者は文章を書くとき、2段階のプロセスを踏んでいます。

  1. 書くべき内容が降ってくる
  2. 降ってきた内容を言語化する

 

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どんな文章を書くのかにもよりますが、それがなんであれ、良い文章になるかどうかにおいては、2 より 1 のほうが大きな比重を占めています。2=技術はぶっちゃけ、最低限しか影響しません。文章の分かりやすさとか。

んで。この「何が降ってくるか」において最も大事なのが、とにかく書く、とにかく読むだと思っています。

 

技術ってあくまで手段なので、それだけ身につけても、そこまで益はありません。良い文章を書くスキルがあっても、それを適用するアイデア自体が平凡だと、さして面白い文章にならないのは、そのせいですね。

じゃあ、KJ法とかオズボーンのチェックリストとか、アイデア発想法を身につければ良いかっていうと、それも違うと思っています。それらもまた手段に過ぎないので。

要は、どんな技術を持っていようと、使い手の感性というか引き出しが豊かでないと、大した発想は出てこないので、役には立ちません。脳内にないアイデアを思いつくはずがないので。

 

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どんな文章を書くにしろ、その魅力を高めるために、とにかく読んで書くのが大事なのは、この引き出しを増やすためです。

ニュース記事なら、どんな切り口から語るのが良いのか、どんなネタを盛り込むのが良いのか、という引き出し。小説なら、魅力的なストーリー展開やキャラクターの特徴といった引き出し。こうした引き出しを脳内に作るために、とにかく読んで、とにかく書くという工程が大切です。

これを繰り返していると、理屈によらず、なんとなく「こうしたほうが良い」「こういう展開のほうが面白い」など、良い文章がどういうものか感覚的にわかってきます。

 

ここでやってはいけないのは、頭で考えることです。

たまに「文章がうまくなりたかったら、いろんな文章を読んで、どこが良いのか考えましょう」という手順を説く本やらネット記事やら目にしますが、個人的にはたいして意味はないと思っています。論理的に考えればわかりますが、そもそも「どんな文章が良いのか」わからない人が、その良さを言語化できるわけがないので。

このプロセスが意味を持つのは、ある程度の引き出しを持っている人だけです。具体的には、自分が「良い」と感じた多くの文章から共通項を見出し、それを言語化して体系化し、その後の再現性を確保するためです。適切に言語化し、それを繰り返すことで無意識に実践できるようになります=再現できるようになります。言い換えれば、言語化しなければ、いつまでも再現できません=良い文章を繰り返し書けません。

 

つまり、読んだ・書いた絶対量が少ない人は、そもそもこのプロセスを経たところで、得るものはほとんどないと思います。記事1本、本1冊を読むたびに「ここが良かった」というのをスプレッドシートなりなんなりにまとめておく、という作業を数百本と繰り返せば有益だと思いますが、正直かなり非効率だとも思います。

とにかく読む→感覚的に良い文章がわかってくる→それを言語化する→繰り返し使えるようになる→使っているうちに無意識にできるようになる。これが文章上達のプロセスというわけですね。

 

というわけで、タイトルに戻りますと、知人が言った「上達のためには、とにかく読んで、とにかく書くのが大事」という回答は、個人的には正しいと思います。とにかく読んで書くって、根性論ではなくて、きちんと効果も目的もある上達法なんですよね。

ただ、より厳密には「聞き手の読み書きの絶対量が不足していると判断される場合には」という枕詞がつきます。もし、ある程度の量が確保されているなら、必要なのは、そこから共通項を見出して言語化するプロセスであり、ちょっとズレてしまうので。そのあたりの確認を最初にしておくべきだったと思います。

 

ただ、最初に「個人的な話」と断ったように、このあたり人によって向き不向きがあるでしょう。筆者はゼロから独学で自分なりの技術を体系化するほうが向いているし性にも合っているので、こうしたスタイルを取っています。対して、最初から技術を教えてもらうほうが良いという方もいるでしょう。

実際、筆者のようなスタイルでやると、場当たり的な対応が多くなるなど、困るケースも少なくありません。もっとも、最初から教えてもらうスタイルにも、それはそれで穴があるわけですが。

 

とりあえず、そんなところです。

眠いので、寝ます。