swatanabe’s diary

ラノベ創作、ゲーム、アニメ、仕事の話など。仕事はwebメディアの仕組み作り・アライアンスなど。

気づきを与えることが目的化したサイト・ブログの危険性

要は「バズりたい!」という欲求に負けて、気づきを与えることが目的化したサイトやブログが多くないか? という話です。

 

仕事で食中毒について調べ直していた時のこと。あるラジオ局さんのページに「暖かい季節になると食中毒のニュースを耳にするようになる」という一文を拝見しました。おそらく「食中毒は夏に多い」という固定観念があるのだと思います。

ただ、年によっては冬のほうが多く発生しています。2016年がそうでした。

 

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厚生労働省「食中毒統計資料(確報)」より。2016年・食中毒事件の月別発生数)

 

2015年は、もっと顕著です。この年の8月の食中毒事件発生数は、全体で11番目。1月と2月が1位と2位を記憶しました。

 

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厚生労働省「食中毒統計資料(確報)」より。2015年・食中毒事件の月別発生数)

 

グラフをご覧いただくと一目瞭然ですが、夏に多いのは "細菌性" 食中毒です(濃い青の部分)。O157やカンピロバクター、腸炎ビブリオ、ウェルシュ菌などによる食中毒ですね。一方、冬には "ウイルス性" 食中毒が増えます(水色の部分)。代表的なのがノロウイルスです。

 

食中毒にまつわる固定観念は意外と多くて、たとえば「食品をしっかり加熱すれば予防できる」というのも、そのひとつです。

確かに多くの場合、火をきちんと通せば予防できます。ですが、芽胞形成菌であるウェルシュ菌のように、加熱殺菌が期待できない食中毒細菌もいます*1。病因物質はそれぞれ特徴が違うので、「こうすれば予防できる」と一概には言えません。

 

     *

 

以上、余談。ここから本題です。

この手の「固定観念を崩すネタ」をサイトに載せると、おそらく多くの読者が「為になった」「そうだったのか」と感じると思います。つまり気づきを得るわけです。

で。この気づきは快感を伴います。脳汁が出るとでもいいましょうか。筆者も興味深い知識を得たり、固定観念を崩されたりすると、大なり小なり賢くなった嬉しさのような感覚を覚えます。

 

ただ、この快感はとても危険なものでもあります。なぜなら、

  • 内容の真偽に対して盲目になりやすくなる
  • シェア・ブクマしたい欲に駆られやすくなる

からです。

 

前者。

それまでの常識や固定観念を崩された快感は、人を盲目にします。内容の真偽を確認しようとする人は稀でしょう。welqの一件が分かりやすいですね。医療に関する多くの虚偽情報が発信されていたにもかかわらず、ほとんどの人が疑問を持ちませんでした。むしろ積極的にお世話になっていたからこそ、あれだけ大きなメディアに育ちました。

 

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Internet Archiveより。welqの2016.02.04付の魚拓。多くの方に読まれていたのが分かります) 

 

医療情報を日常的に調べる方は少ないでしょうから、welqをご覧になっていた方は、たくさん「為になった」「そうだったのか」と感じたと思います。情報の信頼性も、いち個人のブログではなく企業のメディアでしたから、信用していたことでしょう。

総務省のデータによれば、インターネットの情報を信頼している方は70パーセントを超え、新聞より多いそうです(世代にもよります)

 

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総務省「平成29年情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査報告書」より)

 

一方、Mediplat社が医師に行った調査によれば、

  • ネット検索で自分に合った医療情報にたどり着くのは「無理」「難しい」と答えた医師は、54パーセント
  • たどり着くには「コツがいると」と答えた医師は、42パーセント

いたそうです*2

 

難しいと回答された医師からは、

  • 「情報の信頼性を一般の人が判断するのは難しいと思う」
  • 「症状のみからは医療従事者でも難しい」

などのコメントが出ています。

またコツがいると回答された医師からは、

  • 「基礎知識が抜けているので思い込みが激しいと失敗しますね」
  • 「誤った情報が氾濫しているから」
  • 「不安を煽る内容に踊らされないことが大切」

などのコメントがあったようです*3

このあたりを踏まえますと、welqのユーザーたちが掲載されていた情報の真偽を判断することは難しく、鵜呑みにしてしまっていたのではないかと思われます。

 

後者。

この手の情報は、とてもシェアやブクマがされやすいです。

その動機は色々だと思います。自分はこんなことを知っているとアピールしたい。みんなにも知ってほしい。このあたりがメインでしょうか*4。普段は誰も見ないであろう福祉保健局のホームページでも、食中毒の病因物質について紹介した公衆衛生系のコンテンツは、シェア・ブクマが多いです。

 

     *

 

気づきを与えるコンテンツには、読者を気持ち良くさせて、シェア・ブクマしたい欲求を引き出す作用があります。

そこに目をつけて、「バズりたい!」ブロガーやメディア運営者は、この手のテーマでコンテンツを作ります。食中毒の固定観念を打破して、気づきを与えるような。

 

ですが、食中毒はとても難しいテーマです。エビデンスが不十分な情報を広めてしまうと、最悪そのせいで人が亡くなる危険もあります。

それにもかかわらず、素人の自分(ご専門の先生に基礎知識を教わったレベル)が見ても内容が不十分、時には誤っているとわかるコンテンツが少なくありません。

 

以前、ある大学に公衆衛生関連のコンテンツを監修してもらえないか依頼した時のこと。ひとりの先生から「O157のことは分かるけど、他の病因物質は専門じゃないから厳しい。分かる先生を紹介するよ」と回答を頂きました。

もちろんこの先生も、他の病因物質についてかなりのことをご存知だと思います。ただご自身の専門ではない以上、受けるのを控えたのでしょう。

ある社団法人へ食品包装に関する監修を依頼した時も「真空包装やガス充填包装は大丈夫ですが、経木(きょうぎ)はごめんなさい」とご返答いただいたことがあります*5

ご専門の方ほど、誤った情報を発信するリスクを理解されています。そのため情報の扱いにとても慎重です。

 

     *

 

厄介なのは、シェアやブクマが増えると発信者の承認欲求が満たされ、同じことを繰り返す点です。それによって粗製乱造が進み、低品質なコンテンツがネット上にあふれていきます。

食中毒でいえば、最近はGoogleの努力のおかげか、関連ワードで検索をかけると、上位に厚生労働省・福祉保健局・食品安全委員会あたりのコンテンツが並ぶようになりました。医療系も厚生労働省や研究センター、病院あたりのコンテンツが上位に増えてきたように感じます。

とはいえ、そうなっていない界隈も多いでしょう。

 

きちんとした「気づき」を与えるコンテンツが広まるのは良いことですし、バンバン広まるべきだと思います。

ですが、PV・UUを獲得して喜ぶという自己満足のために「気づき」を利用していそうなブログやサイトを見つけると、正直なんだかなぁ・・・と。

読者側で騙されないように気をつけるのも大切ですが、そもそも発信者側がやるべきことやってないツケを読者が払わされているようにも感じて、なんかモヤモヤします。

 

とりあえずそんなところです。

眠いので寝ます。

*1:詳しく知りたい方は、国立感染症研究所「ウェルシュ菌感染症とは」や、農林水産省のリスクプロファイルシート、日本食品衛生協会『食中毒予防必携』のウェルシュ菌の章をご覧ください。『食中毒予防必携』はGoogleブックスで立ち読みもできます。

*2:PRTIMES「医師の9割が「ネットで自分に合った医療情報を得るのは容易ではない」、8割が「ネット検索より医療従事者に聞いてほしい」と回答~オンライン医療相談「first call」が医師530人へ調査~」より。

*3:同上。

*4:電通「思わずシェアしたくなる“感情トリガー”、設計できてる?」によれば、啓発や驚きはシェアのトリガーであるようです。

*5:経木:きょうぎ。木を削って作った薄い板状の包装材。納豆を包んでいるヤツ。