swatanabe’s diary

webライター、ラノベ書き(アマ)。だいたい創作とゲームとラノベの話です。

某社の「会議がうまく進まない14個の原因」が面白かった

筆者はフリーになって以降、ミーティングは大半が1対1のため、いわゆる「会議」とは疎遠になってしまいました。

そんな中、先日たまたま顧客先の社内会議に参加する機会がありました。質問が飛び交い、それでも30分くらいで終わって、世間的に見ると「良い会議」だったのだと思います。

ただ、客先の知人に話を聞いてみると「最初はひどいもんでしたよ。長いし、暗いし、寝てる人もいるし、ホント無駄な時間でした」と苦笑い。その後、皆でコツコツ改善していって、ようやくまともな会議になったんだとか。

 

その原因の話が面白かったので、ちょっとまとめておこうと思います。「そんなにひどかったのか」と驚くほど、大量に出てきました (笑)

ちなみに、以下に「曰く〜」と何度も書いてますが、すべて「客先の知人曰く」です (面倒くさいので省いてます)

 

 

参加者が多すぎた

同社の会議は、もともと参加者20人くらいがデフォルトでした。部屋も狭くて「隣の人と肘がぶつかるくらいの距離感でした」とのこと。

ただ、それによって以下のような弊害が出ていたといいます。

  • 社員の当事者意識が薄れる→会議に臨む姿勢が緩くなる
  • 窮屈で気が滅入る→参加したくなくなる(部屋が狭い場合)
  • テーブルや椅子を並び替える時間が、多少だが長くなる
  • 資料の準備時間が長くなる

今は規模を縮小し、せいぜい4〜5人。部や課などチーム全体に絡む会議も、これまでは全員を集めて一括で開かれてましたが、いまは複数回に分けているそうです。回数が増えたり、別の会議で出た大事な質問を別の回の参加者へ共有する手間があったりはしますが、総じて見ると、今のほうが良いとのこと。曰く「1時間の会議1回より、20分の会議3回のほうが、効率も理解度も良いですね」。

 

遅刻者がいた

昔は遅刻者がけっこういて、注意などもされなかったので常態化していたとのこと。それによって会議の開始が遅れ、また時間を守っていた人たちのストレスが溜まり、社員どうしの関係が (多少ですが) 悪化してしまったそうです。

 

集団授業形式で会議を行っていた

学校の授業のような、一人が前に立ち、残り全員が正面に座っているスタイルの会議です。1対多の形なので、どうしても参加する姿勢が緩くなるそう (後ろのほうの人はスマホ見てたり)

今は車座みたいな形で、全員が互いの顔を見えるようにしているそうです。あと全員の足元が見えるデスクを使っているとか。なんでも「こうすると足元がだれていたり、忙しなかったりする=飽きているサインを認識できるから」。やたら足元が動く人が増えてきたら、話を変えたり振ったりして、場を変えているそうです。

 

資料を印刷していた

印刷する時間かかるし、紙も無駄になってしまうので、良いことなかったとのこと。今は専用のシステムに資料をアップロードして、そこから各自ダウンロード、必要なら自分で印刷するスタイルだそうです。

 

会議へのPC持ち込みを禁止していた

理由はよくわからないそうですが、昔は暗黙の了解な感じでノートPCの持ち込みが禁止されていたそうです。曰く「キーボードを叩く音がうるさくて迷惑とかでしょうか」とのことですが、真偽は不明。必然、資料の印刷などを伴うので、無駄な時間や資源が多くなってしまい、良いことはあまりなかったと。

 

資料を事前に回覧していなかった

その場で資料を渡すと、会議が「資料を読んで終わる会」になり、ほとんど「資料を配布しただけ」なのと変わらなかったそうです。

また参加者の理解力には差があり、曰く「その場でパッと質問が出る人もいれば、何度か読み直すうちに疑問が生まれる人もいました」。そのため、会議の場で資料を渡すと、後者の人たちの不安や疑問を吸い上げられないケースがあったそうです (後から聞いてくる人は、ほぼいないそう)

 

話し手が資料を読み上げているだけだった

話し手が手元の資料をじーっと見たまま、書いてあることを淡々と読み上げていくだけの会議が多かったそうです。これが原因で、部下から「この会議いる?」という不満が何度か届いたと言います。

ちなみに「資料に書いてないことを話すと、参加者が顔を上げるきっかけになる」らしく、参加者の理解促進や会議全体の雰囲気づくりに好影響だったそうです。だから今は「会議資料は1スライド3行 (画像除く)、スライド枚数は10枚以内」が社内のモットーになったのだとか。

 

話し手が一方的に話しているだけだった

途中で「ここまでは大丈夫でしょうか?」と理解度を確認したり、随時質問を受付したりはせず、ただ一方的に話し続けるだけの会議が多かったそうです。

結果、曰く「わからない点や疑問点を解消できないまま話を聞かされるので、理解が中途半端なまま終わってた参加者が多かったです」「理解させる気がないってことは、大事なことじゃないんだなと思ってしまう社員が一定数いました」とのこと。

 

話し手が早口だった

早口でまくし立てるように話す人がちらほらおり、参加者は「なに言ってるかわからない」「理解が追いつかない」といった不満を抱えていたそうです。

余談ですが、人は不安や緊張を覚えると、気づかないうちに早口になるので、気持ち0.8倍速くらいで話すと良いらしいです。

 

資料が大量だった

ページ数が大量、1スライド内の文量が大量など。曰く「作りこんだ資料=頑張っている」という社内文化だったらしく、みんな何時間もかけて、せっせと会議資料を作っていたそうです。

ただ、後で調べてみると「文字文字してて、なにが言いたいのか分からない」「見る気が失せる」など、受け手側には不満しかなかったようです。誰も理解できない資料を長時間かけて作る→そういう人が評価される、という悲しい悪循環が生まれていたわけですね。

 

事前に意見を集約していなかった

部署間の対立などを解消するために開かれる会議の失敗ケースです。

この会社には営業部門と制作部門があります。当然、両者は連携しながら仕事を進めなければいけないのですが、たまに「営業が制作への発注フローを守らない」「制作の融通が利かない」など意見が対立するそうです。

このとき、両者でもろもろ調整するために、部署メンバー全員が強制参加の会議が開かれていました。

これによって、以下のような弊害が生まれたそうです。

  • 現場どうしの感情のぶつけあいになり、収拾がつかなくなった
  • 一部の気の強い人が意見を言うだけで、ほかは黙ったまま(気の弱い人は何もしゃべれない=参加する意味がない)

その後、リーダーが事前に自分の部署内の意見を統一して会議に参加し、両部署のリーダーが統一見解を持ち寄って調整をかけるスタイルに変えて、上手く回るようになったと言ってました。

 

参加が不要な人も出席を強制されていた

上記「事前に意見を〜」における、リーダー以外の人たちです。関係ない人が参加すると、意見が余計にとっ散らかったり、本人たちの会議に対する認識が鈍ったりする (会議=自分に関係ない、重要じゃないものと考えるようになってしまう) ので、避けているそうです。でも、このケースは気づかないうちにやってしまいそうですね。

 

「●●さんは何か質問ありますか?」と名指しにしていた

曰く「責められてるような気になって嫌だったという社員が多かったです」とのこと。個人的に、これをやられて嬉しい人はいない気がします。

ちなみに、こうした名指しが起こる背景には「質問しない人=悪」と捉える社内の雰囲気があったからだそうです。

 

批判や意味のない質問をしている人がいた

曰く「こういう場で質問したがる人がいるんですよね」とのこと。評価を稼ごうとする人にありがちだとか。たしかに無駄に進行が停滞する原因になりそうですね。

 

とりあえず、こんなところです。

眠いので、寝ます。