swatanabe’s diary

webライター、ラノベ書き(アマ)。だいたい創作とゲームとラノベの話です。

"たとえ" と "具体例" の機能は違う

仕事でライターさんに校正原稿を返したとき、"たとえ" と "具体例" ってなにが違うんでしょう? と聞かれたので、ちょっとつらつらと。

 

結論、"たとえ" と "具体例" は、以下のように機能が違うと考えてます。

  • たとえ : 内容の理解を助けるためのもの
  • 具体例 : 内容に説得力を与えるためのもの

そんなの当たり前だろと言われそうですが、現実問題そこまで理解されてないのかなと思うこともちらほら。

もっとも、それも仕方ないのではないかな、と。

たとえ話を聞けば、人は「なるほど!」と納得します。言い換えれば、説得されるわけですね。だから、人を説得したいときに、たとえ話を使ってしまうというケースは、よくあると思います (実際よく見ます)

 

ですが「理解」と「納得」は、厳密には別物です。

人は器用なもので、理解していないけど納得する、理解はしていても納得しない、ということがあり得ます。

前者は、丸暗記が典型的ですね。「よくわからないけど、そうすればいいんだな」と、とりあえず納得だけする。

後者は、ホンネとタテマエでしょうか。表向き「しかたないね」と理解は示しても、心のなかでは納得していない、そんなケースです。

 

「理解」と「納得」が別物であり、また "たとえ" と "具体例" の機能が異なる以上、両者を使うフェーズは明確に分かれます。具体的には、"たとえ" は「相手が理解できていない状況」で、"具体例" は「理解はしていても納得できていない状況」で使われるべきものだと思います。

 

ここを取り違えると、なにが起こるかは想像に難くないと思います。皆さんもよく見ていらっしゃるものが生まれます。

机上の空論です。

 

これ前にも書いた話かもしれませんが、反面教師としてわかりやすい例なので引用します。

ちょっと長いですが、以下をご覧ください。

 

長い文章や細かい説明は、できれば読みたくないものです。

そういった場合は、

「この商品には3つのメリットがあります」
「重要なことは3つあります」
「3つのステップだけでOKです」

と、『3』に絞り込んでみましょう。
これだけでも不思議と説得力が増します。

(中略)

例えば、脚が2本しかない椅子をイメージしてください。不安定で倒れます。
では、最小限の脚数で椅子を安定させるには、脚は何本必要でしょうか?
そうです、『3』本です。
4本目は、安定させるためにはなくてもいいのです。
物理的に最小限で安定する『3』という数字は、文章においても安定をもたらします。

エンパシーライティング・中野巧 公式ブログ「[FAQ]魔法の数字マジックナンバー『3』で文章に説得力が増す」より)

 

椅子の話が "たとえ" ですが、お分かりのように、これは机上の空論です。

こうした "うまいこと" 言おうとして、ただ冗長になってるだけ、というケースは意外とよく見かけます。特に、たとえ話で説得力を与えようとする場合に起こっている印象です。上のケースのように。

"具体例" って、データを集めたり、論文をチェックしたり、アンケートを取ったりなど、とにかく手間がかかります。だから、なるべくなら避けたい人が多いのだと思います。

一方の "たとえ" は、頭のなかで考えて終わりですから、簡単に手に入ります。しかも思いついた本人を陶酔させる効果もあるので、よく使われるのだろうなと。うまいこと思いついたら、誰でも人にしゃべりたくなりますよね。

そうした背景から、つい説得力を担保するために "たとえ" を援用するという誤った使い方が横行しているのかなぁと、個人的には思ってます。

 

余談ですが、筆者が就活メディアを運営していた頃、数字の持つ効果を個人的に調査したことがありますが (詳細は面倒くさいので割愛します)、1〜3については特に好影響も悪影響もなし、4〜7はハウツーものでやや好影響あり、10以上はチェックリスト系の記事で好影響あり・ハウツーもので悪影響あり、といった印象でした。

いつか機会があれば、このあたりは書こうと思います (データが2014年ものと古いので、価値なしと判断して載せないかもしれません)

 

とりあえず、そんなところです。

眠いので、寝ます。