swatanabe’s diary

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マネジメントにおいて可視化が有効だったいうマネージャーの話

根性論・精神論が否定されて久しいですが、いまでも「もっとやる気を出せ」と部下の尻を叩く上司の話をたまに聞きます。

個人的に、根性論は一定必要だと思っています。理論や技術でどうにかできない、いわば「どうしたらいいかわからないけど、なんとかしなければいけない」場面を乗り切るとき、自分の中では根性が大事になってくるので。

ただ、少なくとも人を指導する場合は、手を出してはいけない手法だとも思います。相手に根性がないかどうか指導側が判断できない=根拠がない指導なので。

 

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さて。

そんな根性論的マネジメントから脱却して、組織が上手く回るようになったというマネージャーが知人の会社にいました。

こちらのマネージャー・Tさんは、新卒紹介会社の営業部でまとめ役を担当。大学まで体育推薦で進んだスポーツエリートで、中高大で所属した部活の組織体系は、いわゆる昔ながらの体育会系だったそうです。上下関係が確立されており、先輩の命令には絶対服従。下の人間は理不尽を呑み込むのも仕事の一つ。練習中に疲れた様子など見せようものなら、コーチから「根性を見せろ!」的な激が容赦なく飛んだとか。

 

だからか、就職してからも「組織とはそういうものだ」と思い込んでしまっており、この認識はマネージャーになってからも、しばらく変わらなかったそうです。

だから、昇進したての頃は、部下の営業成績が芳しくないときに「根性が足りない」的なコメントをしてしまったことも多々あり。しかし、この会社自体もともと体育会出身者が多かった影響で体育会的な組織風土になっており、それでも問題はなかったそうです。「これどうすればいいですか?」→「気合でなんとかしろ」→「わかりやした!」これで万事解決。みんな「そういうものだ」と思っていたので。

 

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ただ、ここ5〜6年で事情が変わってきたと、Tさんはいいます。

まず、採用の都合など諸般の事情から体育会出身者が減少。非体育会出身者の入社が増え、これまでのマネジメントスタイルでは回らなくなってきました。曰く「最初の頃は同じスタイルでやってたけど、短期離職が凄い件数になった」そうです。

また体育会出身者の中にも変化が見られ、特に新卒で根性論に対する抵抗が年々強まっていると感じたそうです。中高大における指導環境の変化か、あるいは世論の調子などが影響しているのでしょうか。根性論が徐々に通用しなくなり、会社を辞めはしなくとも不満が溜まっている社員が増えていくのを、Tさんは感じていたといいます。

 

それでも最近までは、特化型エージェントなどを使って体育会系の新卒入社を確保してマネジメントスタイルに合った人材を採用して乗り切ってきました。会社として変わらないといけないとは分かっていても、なにをどう変えればいいか分からなかったからです。当座、会社を回すには(程度の差はあれど)これまでのスタイルを踏襲する必要があったため、しかたなく引き続き体育会スタイルで組織を回していました。

ですが、ここ2〜3年でいよいよ限界に達し、マネジメントスタイルの抜本的な改革が急務となります。

 

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とはいえ、そのやり方しか知らないTさんは困惑。最初は「何をどう変えればいいのかわからなかった」といいます。

そこでTさんは、入社したばかりの社員に、自分たちのマネジメントに不安・不満はないか聞いて回ったそうです。ヒントが掴めないかと。

 

そんなとき、ある社員の口にした不満が、自分のマネジメントを変えるきっかけになったといいます。

 

「理由なく叱られても、納得いかない」

「もっとこうやれと言われても、なぜそうやるのがいいのか納得感がない」

 

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なぜ根性論がいけないのか。

理由は使われるシーンによってさまざまでしょうが、こと指導においては「根拠がないから」ですね。冒頭にも書きましたが、上司が「もっと根性を見せろ!」と叱っても、部下からするともう限界まで根性を振り絞っているかもしれません (そもそも根性ってなんだというのは置いといて)

Tさんはこの社員の言葉を聞いて、なるほど指導には「なぜ叱るのか」「なぜ上司の方法のほうがいいのか」という理由が必要なんだなと気づいたそうです。

 

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そこでTさんが取った方法は、すべてを可視化するということ。

たとえば、テレアポの成績が上がらない部下がいたとします。その原因がトークの内容にあったとしましょう。このときは、かならず部下にスクリプトを書いてもらい、それを添削するという形を取ります。

たとえば、なかなか受注できない部下がいたとします。このときは、必ず同行してなにがいけないのかを確認した上でアドバイスをし、自分が一度はやってみせるという形を取ります。

もうなにもかも、とにかく可視化したそうです。

 

抽象化すると、次の3つのルールを定めたそうです。

  1. 「改善するもの」を必ず部下と共有する。これから自分たちはこれを改善するんだと認識を揃える。具体的には、改善する物自体 (ex. トークスクリプト自体) と改善点 (ex. そこにある課題) を言語化・可視化する。
  2. アドバイスは、必ず「目に見える形」で行う。やる気や過去の実績など目に見えない要素を持ち出すのはNG。集めたデータの分析結果を示す、トークスクリプトや営業資料を作ってみせる、など。
  3. もし2が難しければ、実際にやってみせて効果があることを示す。

1は改善内容の可視化、2と3は改善方法の可視化とでもいいましょうか。

 

こうなると「もっと根性を出せ」は通用しません。また改善理由が明確になるため、部下も納得できます。仮に理由がなくとも、実際に上司がやってみせて、そちらのほうが良いという結果だけは知ることができるので (アドバイスが正しければ)、一定の納得感は得られます。

 

もちろんTさんのほうは大変です。たとえば、アドバイスは「目に見える形」なので、Tさんは部下の営業の課題を知るため、必ず月に1回は営業同行をしているそうです。営業はぜんぶで20人以上いるので、ほぼ毎日、誰かに同行していると言っていました。

加えて、データの収集などもしなければいけません。日々の営業活動を目に見える形に落とし込む必要があるため。当然、どんなデータを集めればいいのか、それをどう分析すればいいのか考える必要もあります。

 

そして、こうした取り組みによって部下の課題が明らかになったら、それをどう改善するかも考えなければいけません。「根性を出せ」は通用しませんし、またよくある「自分はこうやって売上を立ててきた。だから真似しなさい」という過去の実績の援用も不可です。1があるため部下を起点にアドバイスしなければなりません。

そのためには、部下の持っている技術や性格などをしっかり押さえて、彼・彼女がどうしていけばいいのか見極める必要があります。かなり大変です。

 

ただ、これによって部下は「自分の課題に沿って適切なアドバイスがもらえる」環境になったので、とても喜ばれたそうです。おかげでTさんの組織は、まだ足りない部分はあれど良い感じに回るようになったとか。よかったよかった。

 

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以上、おせちをつくりながらざーっと書き殴ってきたので、うまくまとまってませんが、Tさんのエピソードでした。たぶんあとで書き直します。

 

とりあえず、そんなところです。

眠いので、寝ます。