swatanabe’s diary

ラノベ創作、ゲーム、アニメ、仕事の話など。仕事はwebメディア(月間1億PV)の編集・アライアンスなど。

残念ながらページネーションは(まだ)儲かる

近況
  • ここ数ヵ月、格闘家のYouTubeを見るのにハマっています。特にブルース・リー直系というジークンドーの使い手、石井東吾さんのYouTubeや、石井さんが出ている動画がめちゃくちゃ面白いです。リアル格闘漫画の世界。片足立ちで瓦15枚を割ったのは、ホント声が出ませんでした。

  • 資料だけがたまりまくってます。1日1〜2ページくらいで読み進める超スローペースのため、一向に終わりが見えません。プロット着手、いつになることやら。
  • 年末恒例行事、かりんとうの大人買いをしました。合計15種・31袋。今年も1日1袋ポリポリしながら12月を過ごします。
  • 12/5でエディー・バウアーのオンラインストアが閉鎖してしまいます。悲しい。来年からなにを着ればいいのか。

 

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知人が某大手ニュースメディアのページネーションがウザいという話をしていたので、ページネーションについてつらつらと。ひどい眠気のまま書いているので、随所に誤植やらイミフな箇所があるかもしれませんが、ご容赦をば……。

 

ネットは紙のメディアと違い、前に戻るという動作が面倒です。そのため、戻らなくても内容を理解できる体裁が求められます。少ないページ数で話をコンパクトにまとめたり、かなり前を受ける指示語やそれに準ずる言葉(前述のとおり、など)を避けたり、という具合ですね。

その点を踏まえると、ページネーションは読者にとってメリットがあまりない仕組みだと思っています。誰かにシェアするとき、該当する部分のリンクを直に送れるくらいでしょうか。

 

そもそも論として、ページネーションを導入する目的は、「文章をいくつかの小さなまとまりに分割して、読者が内容をより理解しやすくする」かなと思います。ただ、実際は、運営側がPVや広告の露出を増やす意図で導入しているケースが多い気がします。あくまで主観に過ぎませんが。

いきなり余談ですが、ページネーションは本当に内容の理解を助けているのか、疑問に思うことも少なくありません。個人的には、ページが切り替わることで話が寸断されるので、むしろ内容が頭に入ってきにくいケースが多いです。

ただ、本だとそんなことはないので、本でページをめくるのとWebサイトでページを遷移するのは、また違った感覚を誘発するアクションなのかなという気がしなくもありません(一部ネットコンテンツについては、構成上の問題が読者の理解、読後感の阻害を起こしている気もしますが、今回は関係ない話なので割愛)

 

閑話休題。

ページネーションを導入すると、人や記事を増やさなくても、PVをかなり増やせます。結果、広告収益も稼げます。

記事や人手、外部ライターなどは、そう簡単に増やせません。ですが、メディアは収益を伸ばしていかないといけません。そのため、収益の効率化を求めてページネーションの導入に至るのは、大半のメディアにとって必要悪といった感じでしょうか。

 

筆者は、一個人としてはページネーションが嫌いですが、会社はけっこうな勢いでページネーションを推進しています。それだけで数千万のPVが稼げるので、止める理由がない、正確には止められない(止めたら会社が終わる)といったところでしょうか。

では、その方針に納得していないかというと、意外とすんなり受け入れています。会社員である以上、担当するメディアの方針に従うのが道理なのと、ページネーションを廃止して失われる数千万というPVを別に獲得する代案も思い当たらないので。

あるいは、感覚が麻痺した、というほうが正確でしょうか。

メディアの運営は、記事の執筆・編集という創造的・非定型的な仕事と違い、機械的・定型的な仕事です。そうした仕事を日々繰り返していると、それが当たり前になってくるので、最初は「うーん……」と渋っていたことでも、やがて抵抗感がなくなります。会社員の必須スキルですね(違)

もっとも、筆者のミッションは「記事の制作・編集プロセスを可能な限り定型化し、最小の労力で最大の広告収益を立てる仕組みを作る」なので、最初から逃げ道がないという現実もありますが。

 

すんなり受け入れている理由のもう1つは、そこまで無茶なページ分割をしていないからでしょうか。

あまりに過剰なページネーションは、読者のストレスもマッハとなります。アナリティクスを見れば一目瞭然ですが、ある一定の分割数を超えると(このラインはメディアによりますが)、3ページまで読んだところでイライラして、最終8ページ目に飛んで結論だけ見る、みたいな動きが顕著になります。

面白いのは、この境界線にある程度の共通項が見られる点。読者の大半は同じラインを超えると、みんなで示し合わせたように一斉に、結論へジャンプします。逆に言えば、そのラインまでは無理をできるということでもあるので、メディア運営者はこの分割可能な限界を見極めて、ページネーションの効果を最大化しつつ、読者のストレスを抑えるのが重要というわけですね。

ただ、この限界を超えない分割でも読者がストレスを感じていないかといえば、答えはノーです。というより、大半の読者はおそらく抱えています(読者としての筆者も抱えています)。そのため、アナリティクス上で読者のストレスが増えたと思しきサインがないからといって、メディアと読者の関係が良好とは限りません。

 

ただ、行き過ぎたページネーションでない限り、見ていたメディアを離れたくなるほど強いストレスを感じる人は、そこまで多くない印象です。おそらく「ウザいからページ分けるな」みたいな問い合わせはバンバン入っていると思いますが。ただ、その声に応えてメディアの健全化を図るより、ページを分割したほうが、結果的に収益につながるという判断を取っているメディアが多い印象です。このあたりのバランス感覚は、悩ましいところですね。

だからこそ、ページネーションを意味あるものとして、読者のストレスを軽減するのが大事なのですが、そのためにはコンテンツの体裁をいじる必要があるので、これがなかなか難しいです。

たとえば、ニュースメディアなどはコンテンツそのものより「時事性」という付加価値で勝負しているので、このあたりそこまで気にする必要もありません。記事が短くても=ページネーションしなくても、稼げるコンテンツなので(ガッツリ取材の特集系は、また別の話)。もっとも、記事の数と編集のスピード感が必要になるので、それはそれで大変なわけですが。

一方で、東洋経済や文春、ダイヤモンドといったコンテンツに重心を置いている雑多系メディアは、良くも悪くもページネーションとの付き合い方が大事になります。読者のストレスを抑える記事構成、広告の掲載位置や内容、読み込み速度など、考えることがてんこもりです。

 

とにもかくにも、ページネーションはまだまだPVと広告収益が儲かる仕組みなので、嫌いな人は少なくないと思いますが、当分なくなることはない気がします。

 

とりあえず、そんなところです。

眠いので、寝ます。