swatanabe’s diary

ラノベ創作、ゲーム、アニメ、仕事の話など。仕事はwebメディアの仕組み作り・アライアンスなど。

『86 ーエイティシックスー』感想

仕事とゲームにかまけていたせいで積み本となっていた『86 ーエイティシックスー』をようやく読んだので、とりあえず気の向くままに。ネタバレ満載ですので、まだお読みになってない方はご注意ください。

 

86―エイティシックス― (電撃文庫)

86―エイティシックス― (電撃文庫)

 

 

ストーリー(1巻のみ)

舞台はサンマグノリア共和国。85の行政区から成る、銀髪銀瞳の白系種(アルバ)と呼ばれる人種が暮らしている国家。同国は世界初の近代民主国家を標榜し、他国からの移民を奨励。かつては白系種以外のさまざまな人種が暮らしていた。

だが今、白系種以外の人間たちは一人もいない。彼らは同国を囲う要塞防壁群(グラン・ミュール)のさらに外、第86区と呼ばれる戦場に一人残らず動員されていた。

事の発端は9年前。サンマグノリア共和国の隣国ギアーデ帝国が、完全自立無人戦闘機械《レギオン》をもって近隣諸国へ宣戦を布告し、侵略戦争を開始。共和国の正規軍は瞬く間に壊滅し、共和国は自国を守るため、戦時特例として白系種以外を帝国に与する敵性市民と認定。彼らは市民権と引き換えに、有人搭乗型自立式無人戦闘機械《ジャガーノート》による5年の兵役と、グラン・ミュール建造の労役を課せられた。

第86区で《ジャガーノート》を駆り《レギオン》と戦う彼らは《エイティシックス》と呼ばれ、白系種から「人間もどきの豚」として看做されていた。彼らは《ジャガーノート》の性能不足ゆえに次々と死亡。共和国は失われた命と同数の《エイティシックス》を強制収容所から補填することで、戦線を維持していた。

このままでは共和国の滅亡は必然。だが、当の国軍は戦況を楽観視していた。というのも、《レギオン》のCPUには自死プログラムが設定されており、2年後に機能を停止することが判明していたからだ。

共和国の市民たちも、国営放送を通じて行われる戦況報告を信じ、平和を疑わなかった。曰く、我が国の人的損害は本日も皆無である・・・と。もっとも、国軍の理屈はこうだった。《エイティシックス》は豚であり、豚は人間ではないのだから《ジャガーノート》は無人戦闘機である、だからいくら破壊されても戦死者はいない、よって我が国の人的損害は連日皆無である・・・と。

共和国市民は、国軍が人種差別政策によって作り上げた仮初めの平和と平穏を享受していた。

 

ヒロインのヴラディレーナ・ミリーゼ(レーナ)は、そんな共和国軍に所属する少女。エイティシックスの部隊を遠隔で指揮管制する《ハンドラー》を担う、同軍きっての才媛。一方で共和国のやり方を理解も納得もできない真っ当な人間でもあり、ゆえに同軍内部で物好きとして嘲笑の的になっていた。

そんな彼女にあるとき、部隊再編に伴う転属命令が下る。任命されたのは東の最前線を張る凄腕の《プロフェッサー》(ジャガーノートの搭乗員)集団、通称《スピアヘッド戦隊》の指揮管制。端から見れば誉れある転属だが、若輩の自分に降りる辞令としては些か理解しがたい。故に理由を尋ねると、師団長曰く、同戦隊の戦隊長・コードネーム《アンダーテイカー》は、担当する《ハンドラー》を壊す《死神》として恐れられており、《ハンドラー》のなり手がいないのだという。

 

レーナは転属を拝命し、《スピアヘッド戦隊》の《ハンドラー》に。戦隊長は同い年の少年と思しき声をしており、無愛想で口数も少ないが、とても《死神》と呼ばれるほど残忍な人物とは思えなかった。

確かに凄腕ぞろいの戦隊を預かるに相応しい戦闘力を備えてはいた。最低の機動力に貧弱な武装という不十分極まりない性能しか持たない《ジャガーノート》を操り、多対一が基本の《レギオン》を単機で屠る腕はまさに神業。部隊も指揮も見事なもので、いつもレーナが配備を通達する前には部隊の展開を終えており、彼女の仕事は《アンダーテイカー》から要請される物資の補給調整など、サポートのみに留まるほどだった。

そんな彼と、そして部隊の面々と少しずつ関係を築いていくレーナ。一人の戦隊員の死によって一度は決裂しかけた危機も乗り越え、《レギオン》が機能を停止する2年後まで共に生き延びる決意を日に日に強くする。

 

・・・だが、ある日の戦闘で、彼女はついに《死神》の由来を知る。

そのときの戦闘前、《アンダーテイカー》はなぜか通信(作中では知覚同調)を切ってくれとレーナに要請。彼女はそれを断り、《スピアヘッド戦隊》はそのまま戦闘に突入した。

そのとき、誰のものとも知れない声が通信から響いた。

「かぁサンかぁサン」「助ケテ助ケテ」「嫌ダ嫌ダ嫌ダ」「ままママままママままママままママ」

身の毛のよだつ、おぞましい声の数々が。

突然の断末魔に恐慌し、絶叫するレーナ。《アンダーテイカー》が一方的に通信を切断したことでようやく落ち着きを取り戻すも、その後しばらくは戦隊に通信をつなげる勇気が湧かなかった。

 

やがて通信を再開し、彼女は《アンダーテイカー》から声の正体を聞く。彼には《レギオン》の声が聞こえるのだという。昼夜を問わず常時。故にレーナよりも先にその襲来を察知し、戦隊を展開することもできたのだ。

だが、一つ疑問があった。《レギオン》は《ジャガーノート》とは違い、真の無人機のはずだ。その《レギオン》の声とは、いったい何なのか。

その正体も《アンダーテイカー》は知っていた。《レギオン》たちは、自身のCPUに埋めこまれた5年という寿命を克服するために、その代替物として構造の近い人間の脳を鹵獲していたのだ。《アンダーテイカー》の聞く声は、かつて戦場で散り、《レギオン》に取りこまれた《エイティシックス》たちの声だった。

 

それはつまり《レギオン》が寿命を克服したことを意味していた。《レギオン》の襲来は2年後も、3年後も続く。連中を全滅させない限り。

《アンダーテイカー》たちは今年、課せられた任期を満了する。レーナはそれまでに《レギオン》を壊滅させて共に生き残ろうと固く誓う。

 

だが、その任期は偽りのものだった。

ある日《スピアヘッド戦隊》に、一つの任務が通達される。

レギオン支配域最奥への偵察任務。期間は無期限。ハンドラーの管制をはじめ支援は皆無。後退は反逆行為として即時処刑。

つまり「行けるところまで行け。死ぬまで前進しろ。支援はない。退くことは許さない」。

 

共和国は、2年後に《レギオン》が停止すると思いこんでいる。そしてそのとき《エイティシックス》が生きていては、彼らに対する仕打ちを批判してきた者たちが、補償や賠償を求めて声を上げるに違いない。そのための増税など大半の共和国市民は受け入れられない。国が二分され、荒れに荒れるだろう。隣国に差別・迫害の実態が知られた場合、共和国の信用が失墜する危険もある。

そのすべての問題を解決するためには《エイティシックス》を滅ぼすしかない。だが凄腕の《プロフェッサー》たちは、なかなか死なない。

そんな彼らを確実に滅ぼすために存在する最終処分場こそが《スピアヘッド戦隊》であり、この無期限偵察任務だった。

 

そして《アンダーテイカー》たちは、ついに《レギオン》支配域最奥への長期偵察任務へ臨む・・・。

 

感想

表現力、特に言葉のリズムの取り方が独特で、個人的にお気に入りです。言葉を追っているだけで惹かれる小説はずいぶん久しぶりに読みました。

特に戦闘描写は圧巻の一言。小気味よく刻まれる無駄のない描写の連続と力ある語彙、そして巧みな表現力があいまって、見事なスピード感と臨場感を演出しています。

日常パートの和やかさやキャラクターの心理描写も秀逸。特に惹かれたのが後者。少しずつ打ち解けていったエイティシックスたちをなんとしても助けたいレーナと、そんな彼女の善良ぶりを徐々に疎ましく感じはじめる友人や上司。次第に崩れゆく関係と、深まっていく関係のあいだで翻弄される彼女の葛藤や奔走が、感情移入を誘います。

 

ストーリーは上にあるとおりです(ちょこちょこ端折ってますが)。基本的に戦闘→日常→戦闘→日常→戦闘とシンプルに進んでいくので、帯にあるほど伏線が際立った働きをしているような、トリッキーな展開ではありません。そのため、設定自体は複雑ですが、話を見失うことはなく、頭にすっと入ってきます。ただ、物語の根幹を成す設定が国家間の関係性や政治情勢など政に絡む内容のため、そのあたりに抵抗がある方はお気をつけください(特に難しい話はしていないので、内容が理解できないことはまずないと思います)

また、ハードな世界観に抵抗がある方もご注意を。上にあるようにストーリーはなかなか重いです。それまで愛嬌ある言動や掛け合いを見せてくれていたキャラクターが、どんどん死んでいきます。死に際のシーンがあるキャラクターは一人しかいないので、そのあたりは心に優しいですが(版元も配慮したのでしょうか)

 

主人公、ヒロイン、サブキャラクターは漏れなく少年少女で、自身の感情に素直に振る舞う等身大な子たちです。笑うときは笑い、悲しむときは悲しみ、苛立ったときはその感情をそのまま相手にぶつけてしまう・・・。良くも悪くも、みんな自分に正直。

スピアヘッド戦隊の面々は最初、表向きはレーナと友好的に接しますが、裏では彼女の善良ぶりに苛立ったり、馬鹿にしたりしています(作中ではそこまで描写されません)。そしてある時、一人の少女の死をきっかけに、彼女の偽善者ぶりに怒りが爆発。ある少年がレーナにそれまでの苛立ちをすべてぶつけてしまいます。

 

結果、関係にひびが入るも、レーナが咎められた己の非礼を恥じ、謝罪し、正面から彼らと向き合ったことで、修復。その後は徐々に関係が深まり、ようやく共に戦う仲間としてスピアヘッド戦隊から認められていきます。ですが、直後に長期偵察任務の命令が下り、戦隊に定められた死の運命を告げられるレーナ。

避けられない非業を背負った彼らへの悲しみ。そこまで腐りきった祖国への怒り。それでも彼女は彼らを救おうと上司に噛みつき、友人を利用し、ついには軍規を破って偵察任務へ赴いた彼らに通信をつなぎ、迎撃砲の無断使用を敢行。危機に陥っていたアンダーテイカーたちを窮地から救出します。

ですが、それが彼らとの最後の通信になりました。スピアヘッド戦隊はレーナに別れを告げると、死地への旅路を再開。「先に行きます」という最後の言葉を、初めての笑顔と共に残したアンダーテイカーの声が消え入ると、彼らからの通信は切断。沈黙が尾を引く中、目の前のコンソールが戦隊を管制対象から外したことを通知。もう二度と通信できない事実を突きつけられたレーナは、もう二度と彼らに会えないことを悟り、涙を流します。

 

いくら歴戦の強者とはいえ、まだ年端もいかない少年少女。そんな彼らの心と体が釣り合わないからこそ垣間見える等身大の姿には、締めつけられるものあり、惹きつけられるものありと、本当に心にきます。このあたりの展開も見事だなと感じます。

ちなみにサンマグノリア共和国のクズな皆様はほとんど登場しないので、胸糞悪いキャラクターにイライラするといったことはないと思います。

 

個人的には特に表現の面でとても勉強になる作品で、1巻をやたらに読み返しています。三人称視点に一人称視点を持ちこみ、ここまで(特に心理描写の面で)上手く融合させたライトノベルは自分の知る限り他にないので、これから長らく創作の助けとしてお世話になりそうです。