今回の事件で犠牲となってしまった京都アニメーションの社員の皆様が安らかに眠られることを、心よりお祈り申し上げます。また京都アニメーションの皆様が、1日も早くアニメ制作に心置きなく取り組める日常へ戻れるよう願っております。
新聞各社の報道を見る限り、まだほとんどのことが分かっていないようです。
しかし各社とも報道を焦ることなく腰を落ち着け、事実を事実として慎重に伝えようとしているのかなと感じます。精神疾患への偏重を危惧するコメントなどは出ていますが、かつて見られたアニメやゲームに関する偏重報道は少しずつ減っているのかなという印象です。
そのような中、新たに開示された情報のひとつに、犯行動機があります。
朝日新聞の上記記事から引用しますと、
男が身柄を確保された際、「小説を盗まれたから放火した」といった趣旨の説明をしていたことも捜査関係者への取材でわかった。
とあります。
未だ信頼の置けるメディアからソースのある情報が流れていないので真偽は不明ですが、ネット上では「京都アニメーション大賞に応募した原稿からネタをパクられた」ことが容疑者の怒りにつながったのではないかという説があります。
いま、この点がすごく気になっています。
なぜ気になっているのかというと、創作活動と切り離せない「パクリ」が犯行動機となっている(可能性がある)からです。
(※注記)
本記事は、2019/07/21時点で筆者が確認した報道内容のみに依って書かれており、容疑者の動機が「小説をパクられたこと」である前提で話を進めています。ただ、今後の報道によってパクリが動機ではなかった可能性が示される可能性もゼロではありません。その点だけ含み置き頂ければと思います。
*
まず、パクリには明確な定義がありません。
『〈盗作〉の文学史』でも「盗作」という概念に明確な定義を設けることは不可能と書かれていたと記憶しています。
つまり、京アニ側が確かにパクっていなくても、誰かが「京アニのあの作品は、俺のアイデアをパクりやがった!」と憤って会社に火をつけようと思ったら、もうどうしようもありません。こうした自然災害的な犯行は防ぎようがありません。
*
容疑者がどのような経緯から「パクられた」と感じたのかは、今のところ不明です。ただ「パクリ」の一定の共有認識をベースに考えるなら、自分の小説と京アニの作品に何らかの類似点を見出した、という点は確からしいのではないかと思われます。
このとき、類似点の量と質がパクリかどうかを判断する上で重要になります。ただ後ほど引用するように、京アニ側は「小説が応募された事実はない」としているため、おそらく部分的に似ているといった程度だったのではないかと筆者は推察します。
ですが、部分的に似る程度のことは、創作の世界では日常茶飯事でしょう。
筆者もかつてある新人賞に応募した作品のコンセプト(異世界に転生した主人公が、持ち前の軍事知識を活かして、転生先の軍師として活躍する)と似ている作品が、応募1年後くらいに同じレーベルから出版されたことがあります。そうした経験を持つ公募経験者の方、けっこういらっしゃるのではないでしょうか。
じゃあパクられたと思うかというと、もちろん思いません。そもそも筆者の作品のコンセプトも、遡れば半村良さんの『戦国自衛隊』をはじめ、多くの先達からアイデアを頂いた結果です。他にも似たような作品は、探せばいくらでも見つかると思います。
*
ただ今回の事件で重要なのは、容疑者にとっての「パクリ」が何だったのか、です。
一言にパクリと言っても、その形は色々あります。
- オマージュ
- リスペクト
- パロディ
- 本歌取り
- 参照
- パクリ
など。そして、これらの境界は人によって違います。誰かがオマージュだと思っても、別の誰かがそれをパクリだと感じることは当然あります。
今回の事件、アマチュアなりに創作する側として何より怖いと思うのは、この点です。つまり、いつ・どんな形で「お前パクりやがって!」と言われるか分からなくなった、という点。
京アニの八田社長は「応募作は確認できていない」とコメントされており、容疑者の勝手な動機によって、尊い命が奪われた線が濃厚となっています。
ここから考えられる可能性は、4つあります。
- 容疑者は応募しておらず、自作のネット小説などをパクられたと感じた
- 脳内小説をパクられたと感じた
- 現状の報道のどこかに事実と違う点がある(犯人の動機が実は別にあった等)
- まだ明かされていない致命的な事実がある
3と4は考えようがないので、話から除きます。
2に関しては、もはや何も言い様がありません。パクリは「他人の作品Aの全部あるいは一部を、自作Bに転用すること」であり、言い換えれば、
- 盗作された作品の存在を、盗作者が知っていること
- 盗作された作品Aと、盗作した作品Bが、リアルに存在すること
を前提としています。存在しない作品をパクったパクらないという話は、そもそも議論以前の話です。
1はまだ続報がないので判然としません。
もし今後の調査で、ネット投稿などしていなかったことが分かり(1の否定)、そして3と4によって2が覆らなかった場合、今回の事件は「応募すらしていない容疑者が、京アニの作品を見て脳内小説をパクられたと感じ、放火に及んだ」という不可解極まりない事件になります。
その場合、自分の脳内小説を「パクられた!」と憤って犯罪に手を染める人の可能性が明るみになるわけで、これほど恐ろしいことはありません。
今回の事件は、すべての創作者に対して「パクリ」の曖昧さがいかに恐ろしいものか突きつけた事件のように感じます。自分自身が何もパクっていないのに、知らず知らずのうちに「パクりやがって!」と言いがかりをつけられる理不尽なリスクを、誰もが背負わざるを得ないのだと。
下手したら、誰かの脳内にある作品を自分が知らないあいだにパクっていて(それはパクリではないですが)、その人から「てめぇ俺の作品パクリやがったな! 家に火をつけてやるから覚悟しやがれ!」と言われるかもしれないわけです。
本来そのようなリスクを背負わされること自体おかしいわけですが、もはやそういう時代に入ったのかと思うと、悲しい・恐ろしいと言わざるを得ません。
筆者は二次創作はしませんが、同人誌を作っている方などは今回の事件、かなり強烈な印象だったのではないでしょうか。ネタ元のプロの方が「パクリやがって!」と言ってくるケースはないでしょうが、その方の熱烈なファンが「俺の好きな人の作品を勝手にパクリやがって!」「私の好きな作品をあんなふうにしやがって!」などと言いがかりをつけてくるケースは、わりと考え得るのではないかなと思うので。
考え過ぎと思われるかもしれませんが、筆者自身は決してそんなことはないと思っています。今の時代、もはや何があってもおかしくはないからです。実際、今回のような事件が起こると誰が想像したでしょうか。
今後もし本当にそんな時代に入ってしまう、あるいは既に入ってしまっているのだとしたら、創作者はいったいどうやって身を守ればいいのでしょうか。これはプロアマ問わずに考えるべき問題な気がします。
*
最後に。
すでに京アニ側より「応募作は確認できていない」とコメントがありましたが、億が一ネット小説など別経由で京アニ側が盗用していたとして、じゃあ人を殺していいかというと「いいわけないだろ」。
今回の事件は、容疑者が悪であり、京アニは被害者。今後の続報で何が明らかになろうとも、この2点だけは変わりません。
そんなところです。
-----
京アニ支援のクラファンが立ち上がっています。よろしければ皆さんも。