またまた、仕事の備忘録です。
以前、以下の記事で、奇蹄目が食べたものを腸内で発酵させるプロセスは、偶蹄目の反芻に比べてエネルギーの供給効率が悪いという話を書きました。
その具体的なメカニズムについてです。
反芻とは
簡単にいえば、飲み込んだエサを再び口に戻してまた噛むことです。この仕組みを持つ牛やヒツジ、ヤギなどの動物を反芻動物といいます。
草は消化が悪いため、草食動物は反芻によってエサを何度も咀嚼し、消化しやすくしなければいけません。
以下、牛を例に見ていきましょう。
牛には胃が4つあり、このうち第2胃が反芻を担います。
具体的には、飲み込んだエサは口から第1胃(ルーメン)へ流れ、そこで発酵・分解されます。そのあと第2胃へ流れ、反芻によって口へ戻され、再び咀嚼に回されます。
こうして咀嚼→発酵・分解→反芻→咀嚼→……のサイクルを繰り返し、エサを消化しやすくします。
牛の主なエサである粗飼料(草)は、消化がとても悪いため、反芻によって何度も噛み砕いて消化しやすくする必要があります。
反芻しない草食動物もいる
牛が反芻を必要とするのは、草に含まれるセンイ質の消化が悪いからでした。
しかし、同じ草食動物のウマやウサギは反芻動物ではありません。
なぜ彼らは反芻を必要としないのでしょうか?
これは動物たちの体重や体の大きさと密接な関係があります。
その説明の前に、ひとつ予備知識をお伝えしておきます。
前胃発酵動物と後腸発酵動物について
牛は消化管(胃や腸など食物の消化に関わる器官)全体の70パーセントを胃が占めています。これはほかの草食動物と比べて大きい割合です。
相対的な容積割合(%) | 体長比 | ||||
---|---|---|---|---|---|
胃 | 小腸 | 盲腸 | 結腸・直腸 | ||
ウシ | 71 | 18 | 3 | 8 | 20:1 |
ヒツジ・ヤギ | 67 | 21 | 2 | 10 | 27:1 |
ウマ | 9 | 30 | 16 | 45 | 12:1 |
ブタ | 29 | 33 | 6 | 32 | 14:1 |
イヌ | 63 | 15 | 16 | 5 | 6:1 |
ネタ | 69 | 15 | 16 | 5 | 0.6:1 |
※祐森誠司「愛玩動物の後腸栄養について」(ペット栄養学会誌 16巻 1号 2013)より引用
反芻動物(ウシ、ヒツジ、ヤギ)や肉食のイヌやネコは胃が大部分を占める一方、草食動物ではあっても非反芻動物のウマ、そして雑食のブタは、結腸・直腸の比率が高くなっています(ちなみに、表中に大腸がないですが、盲腸と結腸・直腸を合わせて大腸と呼びます)
体長比は、消化管全体の長さが体長の何倍かを表したもので、牛の場合、実に20倍にもなります。
ここで違いがわかりやすい牛と馬を抜き出して、生態を比較してみましょう。
ウシ | ウマ | |
---|---|---|
胃 | 複数ある(複胃) | 1つしかない(単胃) |
反芻 | する | しない |
胃の役割 | 食物の発酵・分解 | 食物の消化 |
発酵 | 胃で発酵させる | 腸で発酵させる |
馬の胃は人間と同じで、食べた物を消化する本来の消化器の役割を持っています。
一方、牛の胃(厳密には第1胃=ルーメン)は、食べたものを消化ではなく発酵・分解します(消化を行うのは第4胃)。牛の第1〜3胃は、もともと食道だったものが形と機能を変えた器官のため、消化作用を持っていません。
また、馬も食べたものを発酵・分解しますが、それは腸で行われます。
牛のように、消化機能を持つ消化管(第4胃)より前にある消化管(第1胃)で発酵を行う動物は「前胃発酵動物」、馬のように後ろの消化管(腸)で発酵を行う動物は「後腸発酵動物」と呼ばれます。さらに後腸発酵動物は、盲腸で発酵を行う「盲腸発酵動物」と、結腸で発酵を行う「結腸発酵動物」に分かれます。
まとめると、以下のような感じです。
前胃発酵動物 | 本来の消化機能を持つ消化管より、前の消化管に微生物を住まわせて発酵を行う動物。 | |
---|---|---|
後腸発酵動物 | 本来の消化機能を持つ消化管より、後ろの消化管に微生物を住まわせて発酵を行う動物。 | |
盲腸発酵動物 | 盲腸に微生物を住まわせて発酵を行う。小型の後腸発酵動物に多い。 | |
結腸発酵動物 | 結腸に微生物を住まわせて発酵を行う。大型の後腸発酵動物に多い。 |
体の小さな動物ほど、発酵・分解から得られるエネルギーが少ない
センイ質は牛にとって、主なエネルギー源・栄養源です。しかし消化がとても悪く、何度も咀嚼しないと細かくなりません。
そのため牛は、1日の半分以上の時間、反芻しています。また牛の消化管は体長の20倍もあり、食べた物をできるだけ消化管(ルーメン)の中にとどめ、少しでも長い時間をかけて反芻と発酵・分解を行えるようになっています。
反芻動物が発酵・分解を行う消化器(牛ならルーメン、馬なら腸)は発酵タンクと呼ばれます。これについては次のことがわかっています。
- 発酵タンクの容量と体重は比例する。つまり、体重に占める発酵タンク容量の割合は、大動物(牛やウマなど)も小動物(ウサギなど)も同じ。
- 発酵タンクの容量によらず、発酵の効率は一定。つまり、発酵タンクの容量にかかわらず、単位時間あたりのエネルギー供給効率、単位体重あたりのエネルギー供給量は一定。
そして、体の小さな動物ほど、単位体重あたりのエネルギー要求量が増えることもわかっています。
この3点を踏まえると、次のことが言えます。
- 体の小さい動物ほど、単位体重あたりのエネルギー要求量が多い
- 発酵タンクは、その容量に関係なく、単位体重あたりのエネルギー供給量が一定
- つまり体の小さい動物ほど、発酵によるエネルギー供給に頼ることができない
たとえば、ウサギのような体の小さい動物は発酵タンクが小さい=エサを発酵・分解できる時間が短いです。そのため、発酵では十分なエネルギーを確保できません。
ですが、前述のように、ウサギは体が小さいのでエネルギー要求量が多いです。よって発酵以外の手段でもエネルギーを作らなければいけません。
そのためウサギは、発酵前に胃からエネルギー・栄養を摂取する仕組み(=後腸発酵)と、食糞という習性を持っています。
ウサギは自分の糞を食べることが知られていますが、これは取り損ねたエネルギーと栄養を摂取するための行為です。腸内で発酵・分解しきれなかった食物の残りである糞には、エネルギーや栄養成分が豊富に含まれています。
ウサギは、一度の発酵・分解ですべてのエネルギー・栄養を生成して取り入れる牛のようなスタイル(前胃反芻)では生きていけません。そこで、発酵タンク以外にもエネルギー・栄養を摂取する仕組みを持つスタイル(後腸反芻+食糞)に進化したのです。