swatanabe’s diary

ラノベ創作、ゲーム、アニメ、仕事の話など。仕事はwebメディアの仕組み作り・アライアンスなど。

小説を電子書籍で買いたい。けど買えない。

「紙の本を買いなよ」

槙島さんがアニメ『PSYCHO-PASS サイコパス』やハヤカワ文庫さんの帯で口にしていたセリフです(ハヤカワさんのフェアでは「紙の本を読みなよ」)。彼は感覚をチューニングするためのツールとして紙の本が有益と、そのメリットを語っていましたね*1

ちなみに槇島さん、藤子不二雄全集を持っているそうで、最初に知ったときは少し面白かったです。あと狡噛に「速読検定準1級を所持」という裏設定があるのは、槇島さんとの対比なのでしょうか*2(勝手な印象ですが、槇島さんは速読より遅読じゃないかなと)

 

そんなセリフに感銘を受けたから、ではないのですが、今でも小説だけは紙の本で買うようにしています。理由は(今のところ)紙の本でなければ表現できない時間の流れや作風があると感じているからです(ちなみにビジネス書や新書、エロ漫画や同人誌などは、すべて電子書籍です)

 

 

2000年代後半の文藝賞受賞作に見た「ゆるい」体裁の魅力

そんなわけで、ひとつ昔話でも。

 

以前、ラノベ作家をめざして新人賞受賞作を読み漁っていたときのこと。

河出書房新社が主催している文藝賞*3の作品にふれて、作品世界の時間がだいぶゆっくり流れているなと不思議に感じたことがあります。

いったいなぜなのか?

いろいろ仮説を立てたり試行錯誤したりした結果、上下左右の余白や行間、文字間、文字の大きさ、1行の文字数や見開き1ページの行数など、つまり「体裁」が作風を構成する要素の一つになっているのではと感じました。

で。試しに磯崎憲一郎さん*4の同賞受賞作『肝心の子供』を全文ワードに書き起こし、余白や文字の大きさ、1行の文字数などをいろいろ変えてみました。結果、おそらく仮設通りではないかと結論づけるに至りました。

 

同作の原本を読むと、物語世界を俯瞰しながら時代を越えて浮遊する・・・とでもいうような、不思議な感覚を味わうことができます。うまく言語化できないので、あくまでイメージですが、幽体離脱している感じに近いでしょうか。

ただ、ワード原稿で行間を詰めたり、1行の文字数を増やしたり、つまり原稿を全体的に「詰めてみる」と、この感覚はまったくなくなりました。広げてみても同じでした。

ちなみに『肝心の子供』の体裁は、こんな感じです。

 

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(磯崎憲一郎『肝心の子供』より)

 

上下に広めの余白が取られ、文字はやや大きく、1行の文字数は少なめ。行数も見開きで22行と、全体的にゆったりしています。

 

2000年代後半の文藝賞受賞作はこんな感じの体裁が多く、ネット上では「こんなスカスカの本をこの値段で販売するな」といったレビューを多く見かけた記憶があります。

ただ個人的に『肝心の子供』は、このスカスカ、いわば「ゆるい」体裁でなければ、同作独特の浮遊感を味わうことはできなかっただろうと感じます。

 

磯崎さんと一緒に文藝賞を受賞された丹下健太さんの『青色讃歌』も、この「ゆるい」体裁によってその魅力が高められた作品だったように感じます。

高橋源一郎さんが帯で「乾いたユーモアがすばらしい」と書かれていたように、同作はとにかくゆるい笑いが多くて、主人公もゆるいです。そのため「ゆるい」体裁によって作品世界全体が弛緩することでその雰囲気や魅力が高められ、また読者の読みも「ゆるい」体裁によって自然とゆるくなり、相乗効果でより没入感が高められていたように感じます。

 

一方、翌年の受賞作の一つ、喜多ふありさんの「けちゃっぷ」は、少し事情が違いました。

同作の主人公は、現実では内気なのに携帯のメールではハイテンションという二面性を持つ少女で(確か)、その影響か全編を通して作品世界の時間が一定に保たれていません。対して、体裁は「ややゆるい」感じだったので、テンションが低いときは没入度が高まるのですが、ハイテンションなときは目で文字を追うだけになりがちでした。

 

作風とのあいだに親和性がなければ、体裁は効果的に機能しません。実際、体裁が大きな意味を持っていた小説は、そこまで多くなかったように感じます。パッと思いつくところでは、村上龍さんの『限りなく透明に近いブルー』や、ポール・ギャリコの『雪のひとひら』などでしょうか。

 

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(ちなみに、こちらが村上龍さんの『限りなく透明に近いブルー』。下にかなり広い余白が取られており、文字も大きく、見開き1ページで22行)

 

電子書籍では体裁が "まだ" 効果的に機能しない

以前、友人のKindleで小説を読ませてもらったことがあるのですが、まだこの体裁と作品世界がうまくリンクしていないように感じました。どれだけ読んでも作品世界になかなか入れず、ただ第三者として傍観している感じでした(それでも面白いことに変わりはないのですが)

 

筆者は感受性が鈍いので、体裁などさまざまな補助装置がないと、作品世界に没入できません。補助装置の助けを借りないと、単に文字を目で追うだけか、せいぜい脳内に映像が浮かぶだけで終わります。

で。この装置というのが、実はいろいろありまして。

  • 上下左右の余白
  • 文字の大きさ
  • 文字間
  • 行間
  • 1行の文字数
  • 見開き1ページの文字数
  • 紙の手触り
  • 紙の匂い
  • 紙の色
  • 紙をめくったときの感覚

ぱっと思いつくのは、こんなところでしょうか。

 

Kindle Paperwhiteが出たとき、少し期待したのですが、試しに知人に借りて小説を読んでみても、やっぱりしっくりきませんでした。明らかに良くなってきている(作品世界に入りやすくなってきている)感じはあるのですが、まだ紙の本で読む小説とはかなり開きがあります。

個人的に気になっているのは、

  • 全体的に綺麗すぎる
  • 体裁が機能していない
  • スライドによる切り替えが小説をめくる行為を代替できていない

あたりでしょうか。もっとも前はもっとあったので、どんどん良い感じに進化してくれてます。あと三歩、二歩くらいのところまで来てる感じなんですよね。

 

体裁の面でいくと、電子書籍リーダーは縦長(縦:横=1.4:1くらい)で、どうやっても今の小説の体裁を実現できません(小説は横長です)。そのため、ほかに同じ効果を実現できる体裁を見つける必要があります。

ただ、電子書籍リーダーを最も利用しているのは、10代と60代*5。漫画や新書あたりが売れ筋だと思うので(調べてませんが)、メディアとしてはそのあたりの読みやすさを追求していくのだと思います(Aamzonの商品ページでも、漫画の読みやすさを押してしました)。そう考えると、なかなかに厳しそうだなと。

いつか体裁の機能を再現できる電子書籍リーダーが登場するのを願って、今日はもう寝ます。

*1:実際のセリフは、ピクシブ百科事典「槙島聖護(まきしましょうご)とは」などにあるので、そちらまで。

*2:animate Times「関智一さん、花澤香菜さんをはじめ、豪華キャスト陣が最終回を迎えた『PSYCHO-PASS サイコパス』を語り尽くす! BD&DVD発売記念イベントを徹底レポート!!」より。

*3:綿矢りささんの『インストール』、白岩玄さんの『野ブタをプロデュース』、羽田圭介さんの『黒冷水』などが受賞した由緒ある賞。

*4:『終の住処』で芥川賞を受賞。同作のほかには『眼と太陽』『世紀の発見』『赤の他人の瓜二つ』など。

*5:マクロミル「HoNote通信 vol.149」より。