- 最終更新日:2019/06/17
- 考える人:最終選考には残ったことがある人。
- 目的:多くのライトノベル新人賞の評価基準として設けられている「文章力」で高評価を獲得するために必要なライトノベルの書き方・文章技巧について考えます。随時、更新予定。
- とりあえず自分なりに思いついたことを、ただ列挙・備忘するだけの枠。
- 同じことを何回も書く可能性があります。ご容赦。
- 最新更新分を末尾に追記しているわけではありません。備忘録のため、自分が見やすいように編集しています。
- あくまで個人的な所感であり、これが正解というわけでも、筆者がすべてできているわけでもないという点はご理解を頂けましたら。
- なるべくエビデンスは取るようにしていますが、わりと感覚です。
- いつかストーリーやキャラクターについてもやりたい。
- 同じ語尾を繰り返さない。
- 同じ助詞を連続させない。
- 長い一文を続けない。
- 接続詞を連続させない。
- 接続助詞を減らす。
- 形容詞や副詞を減らす。
- 比喩を減らす。
- 「〜すること」を使わない。
- 「〜とき」を使わない。
- 「〜があります」を使わない。
- 漢字を連続させない。
- 誤読される可能性がある漢字は開く。
- 冒頭に「そして」「しかし」「そのため」などを置かない。
- 接続詞は基本、話を流れを変える時だけ使う。
- 漢数字を使わない。
- ひとつのことを表現するのに何行も使わない。
- 心模様に比したスピード感を意識する。
- 情景などの描写は極力シンプルに。
- 重複する描写はいれない。
- 体言止めを有効活用する。
- 単語オンリーの行を入れる。
- 場面の雰囲気に合った言葉を使う。
- 読んだときのリズムを意識する。
- 同じ言葉を何度も使わない。
- 難しい言葉を使いたがらない。
- 主語のスコープがわかりにくい場合、目的語を前に出す。
- 同じ音のひらがなをつなげないようにする。
- 「ら」抜き言葉は、あえて「ら」を抜くのもアリか。
- 並べたときに別の単語が見えてくる文章にしない。
- 「〜と思う」「〜と考える」のような意味を伴わない表現を使わない
- てにをは01 / 主語を強調したいなら、格助詞は「は」ではなく「が」を。
- てにをは02 / 目的語+「を」は、対象+「に」より後に置く。
同じ語尾を繰り返さない。
ex. 〜した。〜した。〜した。
ex. 〜した。〜だった。〜だと思った。
リズムが悪い。
同じ助詞を連続させない。
ex. 私はあのときは彼はなにも考えていないと思った。
ex. 私が彼がなにも考えていないなと思ったことが彼が私を嫌いになった理由だった。
読みにくい。
長い一文を続けない。
メリハリがないとダレてしまうため。「長い」の目安はありませんが、気持ち一文40文字くらいを限度としています。
接続詞を連続させない。
ex. そして〜だった。そして〜だった。そして〜だった。
ex. そして〜だった。だから〜した。でも〜だった。
基本的に鬱陶しい。だいたいなくても通じる上、違和感もない(ただし逆説は別)
接続助詞を減らす。
「〜ので」「〜から」といったやつ。概して文章が長くなり、読みにくくなります。スピード感も落ちる。記憶にも残りにくくなります。いったん文章を切るほうが、個人的にはお気に入り。
形容詞や副詞を減らす。
心理描写以外では、あまり必要ないと思っています。読んでいて鬱陶しいと思うことも多いので。
書きはじめたばかりのころは、キャラクターの外見なども形容詞で表現していました。でも最近は「人は外見より中身」と思い、彼・彼女の挙動を名詞と動詞で描写するようにしています。そのほうが結果的に、魅力的に映るんじゃないか、と。その名詞や動詞の選び方を磨くほうが、結果的に表現の幅が広がるとも思っています。
- 心理描写など
- 入れないとリズムが良くない
使う場面はこれくらいにしています。
比喩を減らす。
ex. 地獄のように熱い。
ex. サウナのように熱い。
比喩は、その表現を使うことでより読者に情景や心模様、キャラクター性などが伝わりやすくなる限りにおいて使うようにしています。
比喩に頼りすぎると、情景や心模様をありのままに切り取る力が身につかなくなるとも考えているので、その意味でも控えています。
「〜すること」を使わない。
ex. デザインを一新することができます。
ex. デザインを一新できます。
だいたい不要です。文章が冗長になるだけです。ほかにも「〜のような」なども似た"ような"表現だと思います。
「〜とき」を使わない。
ex. 知っておくと、今後の旅行のときに役立つでしょう
ex. 知っておくと、今後の旅行で役立つでしょう
これも基本、冗長になるだけだと思います。だいたい「〜で」「〜なら」「〜だと」などで短くできます。
「〜があります」を使わない。
ex. そうした事態が起こることがよくあります。
ex. そうした事態がよく起こります。
名詞句(ここでいう「起こること」)は大抵、表現を冗長にすると思うので、動詞にしてしまったほうがすっきりする気がします。
(この手の冗長にする表現は、いつか別にまとめたい)
漢字を連続させない。
ex. 一旦退却。最早戦況は最悪。
上の例ではそうでもありませんが、単語と単語の切れ目が見えにくい=読みにくいので避けるようにしています。
特に厄介なのが、文字数が奇数の場合。感覚的なのですが、2文字+2文字(ex. 最早戦況は最悪)はわりと読める一方、1文字+2文字(ex. 尚戦況は最悪)のように頭が1文字だと、一気に読みにくくなる印象です。漢字1文字から成る言葉があまり登場しないからでしょうか。
というわけで、普段は漢字を使う単語でも、漢字が連続して、かつ開いても読みにくくない(と思われる)場合は、
- あえてひらがなに開く(ex. 本が沢山売っている → 本がたくさん売っている)
- 別の単語に置き換える(ex. 極力抑える → なるべく抑える)
- 読点を挟む(ex. 名前聞いたことないぞ → 名前、聞いたことないぞ)
- 別の単語を挟む(ex. それ以来行くようにしている。それ以来いつも行くようにしている)
などの手を打っています(雰囲気や読後感に違和感がなければ)
誤読される可能性がある漢字は開く。
ex. 妄想がポジティブな方に向かない → ほうに向かない
代表的なのが「方」です。「ほう」なのか「かた」なのか意外とわかりにくい場面に過去けっこう出くわしているので、これは必ず開くようにしています(上の例は漢字のままでも問題ないと思います)
取捨選択の基準は感覚ですが、知人が誤読していた漢字(ex. 図星をつかれる。付かれるだと思っていた知人がいました)や、共同通信の記者ハンが開いている漢字は極力、開くようにしています。
冒頭に「そして」「しかし」「そのため」などを置かない。
接続詞には強制的に場面を変化(転換・進行など)させる力があるので、最初のころは頼っていました。ですが、しばらくして「読んでいて鬱陶しいな・・・」と思うようになったので、いまはなるべく控えています。
接続詞は基本、話を流れを変える時だけ使う。
ex. いいと思います。なぜならわかりやすいからです。
ex. いいと思います。わかりやすので。
説明を補足するときに「なぜなら」「つまり」「だって」などの接続詞を挟むのは、冗長になるだけでいいことないと思います。
基本的に順接や補足など、話の流れが変わらない場合、接続詞は不要。逆接など話の流れが変わる場合だけ使う、くらいの意識で良いかと*1。
漢数字を使わない。
作法的に完全アウトですけど(縦書きは漢数字)、漢数字は読みにくくなると思っているので、縦書きでもあえて算用数字を使っています。「1234」を「一二三四」と書かれて、いきなり認識できる人のほうが少ないのではと。
・・・まぁ共同通信の記者ハンドブックでも、数えられるなら算用数字、数えられないなら漢数字となってたと思いますし、多少は。苦笑。
ひとつのことを表現するのに何行も使わない。
日常パートや戦闘シーンなどはどんどん話を進めないとダレてしまうので、一挙動一行くらいにしています。特にキャラクター描写。髪型とか外見的な特徴を細かく書きたくなりますが、むしろ読者に優しくないと思います。
心模様に比したスピード感を意識する。
心模様を描写する場合は、いくつかパターンがあるのかなと。
たとえば悩みや悲しみなどの内向的な感情を描写する場合、1〜2行で終わると違和感があるので、悩んでいる理由や悩んでいる最中の思考などを、けっこうな行数かけて具体的に書きます。
逆に怒りや楽しいといった外向的な感情は、テンポ良くないと違和感があるので、行数を削り、また1行の文字数も少なめor短文の連結にするほうがいいのかなと。
情景などの描写は極力シンプルに。
景色や物、キャラクターの外見などについての描写は細かく書きません。最低限にします。キャラクターの外見でいえば、顔立ち、背丈、服装、際立った特徴、これくらいにしています。
重複する描写はいれない。
ex. 「こんにちは」(改行)彼女は言った。
「彼女は言った」は「こんにちは」というセリフを読めばわかること=重複していることですので、削除します。
体言止めを有効活用する。
ex. 太郎は申し訳なさそうに言う → 申し訳なさそうに言う太郎
体言止めは助詞を減らしたり(一文あたり1〜2個ですが)、文章を引き締めたりする効果があるので、適度に使って文章にメリハリを出すようにしています。
特に現在形の動詞(例のような)は間延びする傾向にあると感じているので、鬱陶しくない限りは体言止めで代用するようにしています。
ただ、体言止めはそれ自体が強力な方法のため、頼りすぎるのは危険だとも思っています(文章力が磨けなくなるかなと)
単語オンリーの行を入れる。
場面にもよりますが、主語+助詞+述語などの文章ではなく、名詞だけ・動詞だけといった単語オンリーの行を挟むこともあります。スピード感を出したい戦闘シーンでは名詞のみ、不気味な雰囲気を漂わせたいシリアスシーンでは動詞のみの表現を使うことが多いです。あとはリズムにメリハリをつけるとかでも。
場面の雰囲気に合った言葉を使う。
たとえば、戦闘シーンでは「蹴り」「蹴る」と書かずに「蹴撃」「一蹴」。不気味なシーンで犯人が笑う場合は「笑う」ではなく「嗤う」。運命の人と出会う場面では「出会い」ではなく「出逢い」。などなど。
ただし、読者にとって一般的ではないと思われる表現は不可。
読んだときのリズムを意識する。
読んだときに、
- すっと読めるかどうか
- 単調なリズムを刻まないか
あたりを意識します。
前者は、俳句をイメージしていただくとわかりやすいかと。5・7・5という構造は、誰が読んでも同じようなリズムで心地よく読めます(俳人の長谷川櫂さんによれば、これは日本語のもととなった大和言葉が、2文字と3文字の単語を基本要素としている影響だそうです*2)。それに近い感覚を得られるか、読んでチェックしながら書きます。
後者は、20文字の文+20文字の文+20文字の文のように、同じリズムを刻む文章をつづけないというイメージです。11文字+7文字+5文字+5文字のように、あえてリズムを崩して書くようにしています(崩すか否か、またどう崩すかは場面によります)
同じ言葉を何度も使わない。
限界はありますが、同じ言葉はなるべく使わないようにしています。レビューのなかでよく目にした表現に「語彙も豊富で」というものがあったので。
語彙に限らず、基本的に「なにかを繰り返す」というのは、よろしくない傾向があると感じます(あくまで基本的には)
難しい言葉を使いたがらない。
一読して意味が理解できない単語は、可読性の妨げになり、読みのリズムやストーリーの理解、キャラクターへの共感を阻害してしまいます。裂帛とか逡巡とか。
ただ感覚的になんとなく意味がわかりそうな単語は、アリかなという気も。
主語のスコープがわかりにくい場合、目的語を前に出す。
我ながら書いていて何を言っているのかわかりにくいので、例文をご覧ください。
ex. 胃の中の微生物が摂取した食べ物を発酵・分解する。
ex. 摂取した食べ物を胃の中の微生物が発酵・分解する。
前者だと、
「胃の中の微生物が摂取した食べ物を」発酵・分解する
のか、
「胃の中の微生物が」摂取した食べ物を発酵・分解する
のかわかりにくいです。対して後者は一発で、微生物(主語)が摂取した食べ物(目的語)を発酵・分解することがわかります。
同じ音のひらがなをつなげないようにする。
ex. 仕事を終わらせられるようになる
可能動詞の「〜れる・られる」が特に顕著ですが、たとえば「終わらせられる」は読みにくいと思います。「片付けられる」などのほうが良いかなと。
「ら」抜き言葉は、あえて「ら」を抜くのもアリか。
本来は「食べられる」「見られる」などが正しい表現ですが、読んだときに違和感を覚える方も多いのではないかと。というわけで、スムーズな読みを阻害する可能性があるので、あえて「ら」を抜くのもアリだと思います。
(ただ「ら」が抜かれていることに違和感を覚える方も当然いると思うので、難しいところです)
並べたときに別の単語が見えてくる文章にしない。
ちょっとわかりにくいですが。そして下の例が下世話で大変申し訳ないのですが(ほかに例がぱっと出てこず・・・)
ex. おそらくその影響でしょう。
要は「おそらく」と「その」をつなげると「くそ」という単語が見えてしまうということです。そういう余計な気づきを減らす、読者の目がいかないようにする配慮もあったほうがいいかなと。
「〜と思う」「〜と考える」のような意味を伴わない表現を使わない
「重複する描写は入れない」と近いですが。
たとえば「〜と思う」「〜と考える」ような表現は意味内容を伴わないので、心理状態や動作を伴う表現に置換するか、削ぎ落とすかのどちらかが良いと思っています。
ex.
「これだけ多くのデメリットがあるなら、避けたほうが・・・」と思うかもしれませんが」
↓
「これだけ多くのデメリットがあるなら、避けたほうが」と及び腰になるかもしれませんが
てにをは01 / 主語を強調したいなら、格助詞は「は」ではなく「が」を。
ex. 私「が」大統領だ
ex. 私「は」大統領だ。
前者は「ほかの誰でもない、この私が大統領だ」と聞こえるのに対して、後者はほかの人も大統領の可能性が感じられます。というわけで、助詞がかかるもの(ここでは私)を強調したいなら「は」ではなく「が」を使います*3。
てにをは02 / 目的語+「を」は、対象+「に」より後に置く。
ex. 私は佐藤さん「に」お酒「を」おごった。
ex. 私はお酒「を」佐藤さん「に」おごった。
前者のほうが自然ですね。人の脳はヲ格の後に通常、動詞 "だけ" がくると思うそうで、おそらくその影響でしょう。ニ格の後には動詞とヲ格のどちらかがくると予想するため、お酒「を」ときても予想の範囲内=違和感を覚えないわけですね*4。
to be continued...
*1:小論文塾ポトス「接続詞について (一覧と解説)」に、接続詞の種類別一覧があります。
*2:長谷川櫂「俳句の宇宙」(中公文庫)より。
*3:田原俊司・伊藤武一彦「助詞ハとガの談話機能の発達」(心理学研究 56巻 4号 1985-1986)が興味深いです。
*4:安永大地・村岡諭・坂本勉「格助詞が後続要素の予測におよぼす影響について」(認知科学 17巻 3号 2010)に詳しいです。