swatanabe’s diary

webライター、ラノベ書き(アマ)。だいたい創作とゲームとラノベの話です。

13年間「ゲームは1日1時間」で育った人間が香川の条例に思うこと

ゲーマービンゴ。

 

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うーん、我ながら酷い。

 

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ここ数日、香川県の条例が議論になってますね。どうやら大阪でも似たような話が出ているようです。

 

www.sankei.com

 

個人的には「県民の皆さんが良ければ、それでいいのではないかな」くらいにしか思ってないのですが、幼稚園年長のときにGBとSFCが家にやってきて以来、13年間「ゲームは いちにち いちじかん!」のルールのもと育ったので、ちょっと思ったことがあり、今日はそんな話でも。

 

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筆者の家では「ゲームは1日1時間」と厳格にルールづけされ、終了5分前に「あと5分よ」と親がアラートを鳴らすシステムでした。なぜアラートを出していたかというと、筆者がよくプレイしていたのがRPGだったからです。要はセーブポイントまで行く時間を設けていてくれたわけですね。優しいのか厳しいのか、不思議なものです。

当時の自分にとって1時間で十分だったかというと、アクションゲームや格ゲー、パズルゲーなら問題ありませんでしたが、RPGはなかなか難しいところです。ちなみに、ここでいう「問題がある」とは「楽しいという実感が得られない」状態のことです。

たとえば、筆者は新しい町に到達したら、そこに売っている最強の武器防具を買い占めたいタイプでした。だから宿屋に行ってセーブしたら、町周辺でお金を稼いで、すべて買うまで先に進みません。おかげで1時間の大半がお金稼ぎで終わり、ストーリーが全く進まない、なんて日も。

じゃあそれで不満だったかというと、最初はたぶんそんなでもなかったのかなと。自分が「そういうプレイスタイルでやりたい」と思ってやってたので、ふつうに楽しんでいたと思います。

 

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ただ、楽しくなればなるほど、もっとやりたくなるのがこども。

次第に「もっとやりたい」と思って「どうすれば1時間以上ゲームできるか?」を考えるようになります。

 

たとえば、友達の家でゲームする。ルールは我が家の中でのことであり、友達の家でのプレイ時間は含まれないという理屈です。もちろん屁理屈の上、ゲーム持って友達の家に行ってるので親は気づいてるわけですが、いつも「持ってったけどやってない」と言い張ってました。それで通した (正確には諦めてた) 親は、世間的に見れば、よくいえば優しい、悪く言えば甘かったのだと思います。

 

ゲーセン通いなんかも、その流れで始めました。外でやるからバレませんしね。というわけで、ゲーセンのほうが稼働が早かった格ゲーは、次第にそちらへ移行します。餓狼、龍虎、KOF、サムスピ、ストIIなど、当時のカプコンとSNKの格ゲーは一通りやってました。90年代はワンプレイ50円と破格でしたね。良い時代でした (それでも小学生がやりくりするには大変な額でしたが)

 

あと早起きしてゲームする、なんてこともやってましたね。日曜日の朝は5時に起きて、母親に「ゲームやっていい?」と聞く。母親は寝たいので「1時間だけ・・・」と言って寝てしまうんですけど、両親が起きてくるのは7時くらいなんで、2時間はできるという算段です。

 

ほかにもいろいろありますけど、こんなところにしておきましょう。

思えば当時は、友達の家庭も皆、1日1時間規制が敷かれていた気がします。時間設定は家庭それぞれでしょうが。遊びに行った先でしばらくたつと、親御さんに「そろそろ外で遊んできなさい」と言われた経験が何度もあります。

だから当時の小中高生ゲーマーは、あの手この手を使って1時間を超えようと頑張ったと思うんですよね。もちろん親に「なんで1時間じゃないとダメか」きちんと説明してもらって、家庭内ルールをしっかり遵守してた子もいたとは思いますけど。

 

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ただ、それでも満足しなかったところから察するに、小中時代の筆者は間違いなくゲーム依存症でした。特に中学生時代。

そう言い切れるのは、親の財布からお金を盗んでゲーセン資金を調達するようになったからです。

もちろんバレて大激怒されますが、それくらいゲーセン行きたくて仕方なかったんですよね。

ただ、このとき生まれて初めて親を泣かせまして、それがきっかけでゲームから少し距離を置くようになりました。

 

このときのことを、親は後に「息子がゲーム中毒 (当時、親はこう呼んでました) から脱却するための勉強資金だったと思ってる」と言ってました。ゲーム依存症になぞらえて言えば「治療費数万円で病気が治ったのなら安い」的な感じでしょうか。

どう考えても勉強資金としては高すぎるわけですが、こういう人間はたぶん、一度は痛い目を見ないと止まらなかったと思うので、思えば安かったのかもしれません。親が何を言っても無駄だったわけですしね。何度注意されても、代替案と言い訳を駆使して1時間以上やってたわけですし。

 

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香川の条例は、罰則がないそうなので実効性はなさそうですが、親が「1日1時間にしなさい」と注意する大義名分くらいにはなるのかもしれませんね。こども「なんで1時間までなの?」→親「県が言ってるから」的な。

もちろん、それでこどもが納得するなんて思いませんし、そんなこと言う親がいたら、少しは頭を使ってくださいと思いますけど。人任せにするなと。

 

この手の議論って不思議なのが、なんでゲームって熱中すると悪になるんだろうってところなんですよね。

たとえば以前「ゲーム脳」が話題になりました。ゲームやり過ぎると馬鹿になるというアレです。本を読んだことない (読む気もない) ので、wikiから引用しますと、こんな脳らしいです。

ゲーム脳タイプ

小学校入学前、もしくは小学校低学年から大学生になるまでに、週に3〜4回、1日に2〜7時間テレビゲームに接している人の脳波とされ、「前頭前野の脳活動が消失したといっても過言でないほど低下している」としており、これを「視覚系神経回路が強烈に働き、前頭前野の細胞が一気に働かなくなるため」と説明している。

森は、このタイプの者を「キレる人が多いと思われる」と推測しており、「学業成績は普通以下の人が多い傾向。もの忘れは非常に多い人たち。時間感覚がなく、学校も休みがちになる傾向にある」との印象を述べている。またそのうちの一人が、自らを「よくもの忘れするタイプ」と申告していたことについても触れている(これはある被験者自身の主観による申告に過ぎない)。

さらに、「主観かもしれないが」と前置いたうえで、「表情が乏しく、身なりに気を遣わない。気がゆるんだ瞬間の表情は、ボーッとしているような印象で、認知症患者のものと酷似している」と森の主観での印象についても述べている。

wikipedia「ゲーム脳」より)

当時は「その発想自体がゲーム脳www」「そのソフト何万本も売れてますけど?」みたいな批判が飛び交い、専門家からも疑似科学と叩かれ散々な結果に終わったと記憶していますが、今でもゲーム脳を信じてやまない層が一定いるんだろうなと思います。

自分ごとで恐縮ですが、親の財布から金を盗むほどゲーム中毒だった筆者は、いちおう都道府県内でトップの公立高校には進学しましたし (ただ当時の公立受験は、コツさえ掴めば誰でも上位校に入れたゲーム性の強いものでした)、特にキレやすくもないどころか、気が小さくいじめられっ子でした。学校も皆勤でしたし、部活も休まず参加して、唯一の参加率100%部員でした。

要は上に書いてある内容と真逆でした (ゲーム脳とはいったい・・・うごごご)

 

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熱中するゲームが、たとえば将棋とか囲碁とかだと、世間は推奨すると思います。

おそらく「頭を使うゲームだから」という発想なんだと思うんですけど (何度かそんな声を聞いたことがあります)、テレビゲームも頭を使うんですけど、そのあたりどうなんでしょうか。

要は、熱中する「もの自体」は、別になんでもよくない? と思うんです。その熱中の仕方がどうなのか、というだけで。なんなら親も一緒にゲームやって「これどうやったら強くなれんの?」とか質問しながらプレイすれば、説明する力とか考えをまとめる力とか発想力とか、いろいろ磨かれるんじゃないですかね? いや冗談ではなく、わりと大真面目に言ってます。

 

たとえば、うちの甥っ子はスマホゲー大好きですが、課金は禁止です。ただ「課題を1つ解けたら、親が500円ずつ課金してあげる」という制度にしてます。

課題とは、要は縛りです。「このボスをノーダメで倒すには、どうするか?」とか「与ダメ1,000万を超えるには、どうするか?」とか (実際はもう少し緩いらしいです)。事前に姉貴 (親。筆者以上のゲーマーです) が同じゲームをプレイして、いろいろ縛りを考えてるそうです (本人は単に縛りプレイを楽しんでるだけ)

ちなみに、姉貴の家庭は据え置きゲームもやるのですが、そっちでも課題はあって、それをクリアしても課金の権利がゲットできます。

  

なんでそんなこと始めたのかというと「ゲームの時間を制限しても無駄だから、その時間をなるべく有益なものに変えることにした」のだとか。課金の権利という報酬を設けたのは「エサで釣るのが手っ取り早いから」とのこと (身も蓋もない)

人によっては「そんなこと意味ない」「頭を鍛えることにはならない」と言うかも知れませんが、個人的にはなるほど面白いなと思って眺めてます。

 

ちょっと余談ですが、筆者は小さいころから模倣=見て盗むのが得意でした。スポーツでも何でも (いちおう陸上の都道府県大会でベスト8に入るくらいの実力ではありました)

この経験はラノベ修行や仕事にも活きまして、物事のコツや勘所を見抜くセンスはわりとあるほうだと手前味噌ながら思ってます。

この感覚は、昔のゲーセン通いで下地が培われた気がしています。

小学生時代、格ゲーの師匠と崇めてたお兄さんがいて、その人のすごいプレイを必死に見て盗んでました。特に今でいう魅せコンのセンスがすごい人で、天草降臨の火月のコンボ (もう内容は覚えてません。残念) や、ストIIIのユンのコンボ (虎撲子→幻影陣→絶招歩法・中×5) など、いろいろ盗ませてもらいました。盗んだコンボは対人で使うと嫌な顔されたんで、対CPUのとき密かに使って楽しんでました (笑)

 

要は、何事も突き詰めようとすれば、わりと汎用的な何かが身につく気がします。「だから1時間以上やってもいいんじゃない?」などと言う気はありませんが、好きなことを軸にするからこそ磨かれるものはあるんじゃないかなと、個人的には思います。

 

学校の勉強ではたくさんことが身につきますが、身につかないこともあります。その身につかないことの中には意外と大切なことがあって (特にメタスキル的なもの)、そういうものをゲームなどの娯楽で磨いてきた人も多いんじゃないかなぁ、と。

 

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あと、ゲーム以外の熱中できるものを与えてあげれば、自然とゲームの時間って抑制されるとも思うんですよね。

たとえば筆者は小学生時代、算数が大好きでした。親が買ってくれた、ドラえもんのよくわかる算数的なシリーズの本が大好きで、めちゃめちゃ読んでました。自分で問題をつくって、学校の先生に「これ解ける!? (解けないだろウッシッシ)」と持っていくくらい好きでした。もちろん問題は瞬殺されるわけですが (笑)

 

また、うちの家庭はわりとこどもを外に連れ歩く家庭で、博物館や美術館、科学技術館とか、色んな所に連れていってくれました。そのため、小学生時代はいろんなものにハマりました。ゲーム以外にも、ペーパークラフト作ったり、木工づくりしたり、お菓子つくったり、絵を描いたり。

中学時代になって部活をやりはじめると、家での娯楽がゲームしかなくなって依存症が強まりましたが (その結果が親の財布事件)、小学生時代はゲームに依存しつつも、ほかのいろんなことにも取り組んでいました。

 

そんな体験を振り返ると、たぶんスマホ依存って、スマホ「だけ」しか触れるものがないから強まるものなんじゃないかなぁと、個人的には思ってます。

だから、単にゲームの時間を規制しても、おそらく意味はないだろうなぁ、と。むしろ親子の関係を見直すとかのほうが、先にやるべきことだと思います。

スマホ持ってない人間が言っても、まるで説得力ないですけど。

 

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とりあえず、そんなところです。

眠いので、寝ます。