なぜ興味を持ったのか?
自分の中でモヤモヤしていた事柄の多くが言語化できそうだったからです。実際、これまで「なんとなくそうだと思っていたこと」に明確な説明・理由が与えられ、綺麗に腹落ちしました。
具体的には、
- 紹介者へのAmazonギフト券プレゼントキャンペーンってなんで広めにくいの?
- ソシャゲやwebアプリの友達紹介って、紹介しにくくない? なんで?
- クチコミが広がるブロガーと広がらないブロガーの違いって?
- なんでFacebookやInstagramと違って、twitterはあんなに燃えるの?
- 別に食べたくもないのに、やたらフリスクやミンティア、グミを買うビジネスパーソンが多いのはなんで?
などなど。
内容としては、メディアを通じた顧客/ユーザーとのコミュニケーションがどうあるべきかを学術的な視点と著書の関わった仕事などの具体例を交えて振り返るもの。そのため理論的な話が中心となります。即効性のあるハウツーを求める人には向きません(前書きの冒頭にもそのように書いてあります)。ちなみに、前書きで「あえて衒学的な書籍にした」とありましたが、それほど衒学的ではなく(そうした点も見受けられましたが、特に鼻につくようなこともなく)、むしろ適度に読みやすく噛み砕かれた学術書という印象です(専門用語も少なく、業界に疎い自分でも読みやすかったです)
なぜいま2012年発売の本を買ったのか?
こちらの本、初版は2012年です。6年前ですね。
昨今、時代の移り変わるスピードが速い中で、6年前のビジネス書籍はもはや時代遅れという認識が一般的かと思います。
ただ筆者は、ビジネス関連で本を購入するとき、5〜6年前の本(正確には学術書)を選ぶ癖があります。昔から「5〜6年たっても書棚に並ぶほど息が長い学術的な書籍には、今でも通じる本質が書かれているはず」という思い込みがあるためです。苦笑。
はじめに
本書はジャンル的にはビジネス書ですが、内容は学術書に寄っています(前書き曰く、あえて寄せてあるそうです)。広告業界でご活躍されている高広伯彦さんという方の著書で、メディアを通じた消費者とのコミュニケーションのあり方が考察されています。
ここでいうメディアとは、
- テレビや新聞、webサイトはもちろん、消費者へ向けられたメッセージの乗ったものすべて
- メッセージ性を内包した物それ自体すべて
の2つを指します。後者は本人にとって特別な意味を持つものを想像していただければと思います。本書のなかでは「身体を縮小したもの」、たとえば恋人同士が互いの物を交換するシーンなどが例として挙げられています(彼氏のボールペンは彼女にとってただのボールペンではなく「彼氏の物」というメッセージ性を宿した特別なものというわけです)
第2章
第2章は、この「メディアを再発見する」という点について語られています。従来はメディア=マスメディア(テレビや新聞)やwebサイトなどの情報媒体でしたが、今はそれだけでは不十分。メディアを消費者と企業をつなぐ媒介物mediatorとして捉え直す必要があり、そのために重要な要素としてコンテクストの概念を提示します。
本書では著者が過去に研究していたポケベルを例に、この点が説明されます。
ポケベルは、ビジネスパーソンにとっては会社が「オフィスに電話かけろ」という合図を送る社員管理用ツール(本書内では「束縛のメディア」と呼ばれます)でしたが、女子高生にとってはコミュニケーションツール(同「解放のメディア」)でした。この用途の違いはポケベルの置かれたコンテクストの違いが生んだもので、ポケベル事業者の想定を超えた使われ方だったそうです。
このようにメディアは消費者のコンテクストの影響を過分に受けるため、そこを無視することはできません。自分たちが伝えたいメッセージを消費者へ届けるには、どのようなメディアが効果的なのか(どのようなアイテムがメディアになり得るのか)を考え直す=再発見する視点を磨くことが大切であるわけです。
確かに人は自分の得意な方法論や思い浮かぶ手段だけを使って課題を解決する傾向にあります。ネット広告会社はネット広告「だけ」を使って提案するといった具合に(こうしたシーンはネット業界に限らずたくさんある気がします)。本当はより効果的な広告効果を持つメディアがあるかもしれないのに。本書はまず、こうした固定化された視点から読者を解放する段からスタートします。
ちなみにメディアを再発見する方法についても、筆者の関わった仕事を例に2つ紹介されています(コミュニケーション資産のアセットマネジメント / 消費者リサーチ)。個人的には特に後者が面白かったです。ただ本書はここを掘り下げるのがメインの書籍ではないので、紙幅としては数ページと厚くないのでご注意を。
第3章
続く第3章では、ネット領域における消費者とメディアのつながりを、HyperTextやWWW、YouTubeなどの誕生した歴史を振り返りながら考察しています。その手の話に興味がない方は退屈に感じてしまうかもしれません。
昔、情報はマスメディアから視聴者へ一方向に流れるだけでしたが、インターネットの登場によって誰もが発信者そして受信者となり、双方向性を獲得します。またリンクの概念が登場したことで、つながりも生まれます。その後、wikipediaのような「1つのものを皆で作り上げる」サービスが登場。ブログのように「独立したメディア」がつながる時代から、「1つのメディア」において皆がつながる時代へ移りました。メディア同士のつながりから、人同士のつながりへ変容したと言えるかもしれません。
ここでのポイントは、なぜそうした生産活動が自主的に行われているのかという点。ブログもwikipediaもYouTubeも、ユーザーが自主的にコンテンツを生成しています。給料が出るわけではないのに。
本書では「作って何かする時代」へ入ったと簡潔に説明されているだけで、そうした変化が起こった背景は割愛されていますが、そうした時代に大切な2点として、
- 消費者の作ったコンテンツと、企業はどう向き合うべきか
- 消費者がコンテンツを作ることを踏まえたコミュニケーションの設計
が語られます。前者はユーザーが宣伝コンテンツなどを勝手に制作した場合、企業としてどう対応するかという話。勝手なことをするなと抗議して削除を要請するのか、むしろその活動を後押しするようなコミュニケーションを図るのか、など。本書では後押しした成功例の紹介と、後押しする際に意識すべきことが中心に語られます。
後者は、今の時代は「ユーザーも作る時代」に入ったので、こうした視点も必要ですよという話です(必ずそうしようという話ではありません)。本書ではこの際に大切な視点としてトライブ(tribe:部族)という概念が提示されます。簡単にいえば、こうした「コンテンツの生成」などユーザー主導の動きが発生するのは、往々にして興味関心などで結びついた人々の集まる「場」=「トライブ」であり、このトライブをいかに形成するか、そしてトライブに集まった人々とどう関わっていくかが今後の肝であるというわけです。本書ではX Gamesなどを例に、トライブ形成のポイントなどが語られます。
またトライブはマーケットの面から見ても重要です。人々の趣味嗜好が多様化(ニーズが細分化)し、従来のセグメントではターゲットの括りが巨大すぎる昨今、マス向けのプロモーションは無駄が多くなってきました。よって、自社のプロダクトに親和的なトライブを見出し(あるいは自ら形成し)、そこへピンポイントでアプローチしていくことが求められます。
そのためには、テレビや新聞、webサイトやビルボードなどに広告を出稿する=従来のコミュニケーションだけでは不十分で、自社にとって価値あるトライブを見出し、そこで行われている消費行動を分析し、アプローチするために最も効果的なメディアは何なのかを柔軟に考えていかなければなりません。つまり第2章であったメディアの再発見ですね。
第4章
ここでは主にソーシャルメディアを通じたクチコミについて語られます。
たとえば本章のなかに「負のクチコミマーケティング」という項があります。ここでは、ソシャゲの友達紹介キャンペーンなどの発話者に報酬を与えるクチコミは、オーガニックな拡散を阻害するため広まらなくなる可能性が高いことが指摘されています。
本書曰く、正のクチコミに必要なのは、
- 商品自体のクチコミ力
- 広めたくなるネタ(シカケ)
- オーガニックに拡散する構造(シクミ)
- 企画者の倫理観
とのこと(括弧書きの中は本書内での言い方です)。倫理観はシカケとシクミを支える土台のようなものですので、実質的には上3つと言えると思います。
クチコミ力とは、そもそも商品にクチコミされる要素があるかということ。これには「目にふれやすいかどうか」と「ネットワーク外部性が利いているか」の2点があるといいます。後者の例としては「ポケモン」が挙げられており、ネットワーク外部性という視点からポケモンを捉えたことがなかったので、とても新鮮でした。
シカケとシクミは、商品のクチコミが発生しやすい企画を設計すること。先のソシャゲの友達紹介キャンペーンでいえば、これはシカケの点では広めたくなっても(報酬がもらえる)、シクミの点では拡散が見込めないとなります。なぜならオーガニックではない=相手にメリットがないためです。クチコミを拡散するための企画は、発信者と受信者の双方にメリットがなければいけません。
この視点からいきますと、昨今のインフルエンサーの協力によるクチコミ拡散手法(ブログで取り上げてもらうなど)は、フォロワー数を拡散力として見ているだけで、従来のマスマーケティングと変わらないとなります(ネット広告におけるPV=新聞広告における部数=交通広告における交通量=インフルエンサーのフォロワー数)。つまりクチコミマーケティングではなく、単に媒体価値を見て広告を出稿しているだけです。書いてもらった先の「クチコミをどう生むのか」という点まで含めてのクチコミマーケティングというわけですね。
そして、こうした点を押さえた具体例がいくつか紹介されています。特にhotmail、東京たまご、ワコールの発想がとても新鮮で面白かったです。
第5章
最後にここまで曖昧なままだった「コンテクスト」についての考察がきます。
人々は自身のコンテクストをベースに物事(テキストやコンテンツなど)を解釈します。特に日本人は「あ・うんの呼吸」や「ツーカー」の文化があり、諸外国よりもコンテクスト(文化的背景や属性、共通して持つ知識など)に強く依存する国民性のため、コンテクスト依存性が高いとされます。
では、なぜマーケティングにおいてコンテクストが重要なのか? それはコンテクストによって消費者の解釈が変わるためです。
たとえば、通勤電車に乗っている時間は、昔であれば特になにをする時間でもありませんでしたが、今では携帯やスマートフォンをいじる時間となりました。つまり、特に何をすることもなかった時間が、携帯の登場によって価値ある時間となったのです。またブルボンのプチ・シリーズも、そこへ当てこんだ成功例として取り上げられています。
ここで重要なのは、携帯やプチ・シリーズを消費者が「通勤電車に乗っている時間を埋めるのに最適なもの」だと「解釈」した点にあります。つまりもともと電車内で携帯をいじりたいわけでも、プチ・シリーズを食べたいわけでもなく、隙間時間を消費できるツールとしてこれらが利用され、食べられるようになったわけですね。そしてそこに「価値」が見出され(自分の解釈に適うツールだと認められ)、長らく続いているというわけです。
(この「解釈」を上手く把握した例として「カウチポテト」という言葉が紹介されており、調べてみると興味深い話がいろいろありました)
よってマーケティングの上では、まず自社の商品やサービスがどう「解釈」されているのか(どんな価値を見出されているのか)を把握しなければいけません。そして解釈を把握するためには、その解釈を引き出すコンテクストを見抜く必要があります。これがコンテクストが重要な所以です。
もっとも、自社の商品・サービスのメッセージを伝える上で適切なコンテクストがなければ、それを生成する必要があります。本書ではこれを「コンテクストプランニング」と呼んでおり、著者が関わった大和ハウスとZWEIの仕事を例に、具体的な進め方が説明されています。ここは実務にも生かせる点だと思います。
本書の流れを実務に落としこみますと、
- 消費者が商品・サービスから伝えたいメッセージを「解釈」できる企画の全体像を考える=コンテクストプランニング(第5章)
- その上で適切なメディアを発見し、コンテンツを生成する(第2・3章)
- その先のクチコミを狙うなら、シカケ・シクミなどを意識して企画する(第4章)
といった感じでしょうか。
先述のとおり理論的な話や歴史考察で埋まっているので、ハウツー本が好きな方には向きません。逆に、普段の仕事のなかで考える癖がついており、そこで浮かんだユーザーとのコミュニケーションに関する疑問のヒントを得たいという方には、とても良いと思います。