またまた仕事の調べ物の備忘録です。ようやく次作のプロット制作が動き出したので、創作方面で書きたいことあるんですけど、お仕事のほうが大事なので、仕方ないのです。
というわけで、今回は偶蹄目についてです。もちろん面白い話ではありません。
牛やウマ、シカなどの蹄(ひづめ)を持つ動物たちを有蹄類(ゆうているい)といいます。
有蹄類はさらに、蹄が偶数に割れている動物と、奇数に割れている動物に分かれ、前者を偶蹄目(ぐうていもく)、後者を奇蹄目(きていもく)と呼びます。偶蹄類、奇蹄類ともいいます。
偶蹄目と奇蹄目は、およそ6,000万年前に同じ祖先から分化し、その後は環境に適応できた偶蹄目が数を増やした一方、奇蹄目は徐々に衰退していきました。今では有蹄類の実に90パーセントを偶蹄目が占めているといわれます。
偶蹄目/奇蹄目の違いについて
大きな違いは、蹄の数と距骨(きょこつ)の構造です。
まず蹄の数について見ていきましょう。既述ですが、偶蹄目と奇蹄目では以下のような違いがあります。
偶蹄目 | 奇蹄目 | |
---|---|---|
蹄 | 偶数に割れている | 奇数に割れている |
蹄は、人間でいう爪です。有蹄類は肉食動物から逃げる速力を確保すべく、足の末節骨(人間の手の指でいう第一関節より先)だけで体を支えて歩くように進化しました。いわば常につま先立ちをしているイメージですね。このつま先を覆うようについているのが、蹄です。
蹄だけで歩くスタイルを、蹄行(ていこう)といいます。陸上動物の歩き方は以下の3種類に大別され、下にいくほど足が速いです(あくまで一般的な話です。チーターなどの例外があります)
蹠行 | しょこう。かかとを地面につけて、足裏全体でペタペタ歩く。ゾウや人間の歩き方。 |
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趾行 | しこう。かかとを地面から離して、つま先立ちで歩く。イヌや猫、鳥類の歩き方。 |
蹄行 | ていこう。かかとを地面から離して、つま先立ちで歩く。趾行との違いは、蹄の有無。牛やウマの歩き方。 |
もうひとつの違いは、距骨(きょこつ)の構造です。
距骨とは足首にある骨で、人間でいう靴を履く「足」の部分と「脚」をつないでいます。滑車のような構造をしており、距骨のおかげで私たちは「足」を上下にパタパタ動かせます。
偶蹄目の距骨は、二重滑車と呼ばれる構造を持っています。「足」の骨とつながる部分、そして「脚」の骨とつながる部分、この2箇所が滑車のように機能するのです(奇蹄目は「足」側だけです)。これもまた、足を速くするために進化した結果といわれます。
ちなみに、この距骨の二重滑車構造が、クジラの祖先であるパキケタスという動物の化石にも見つかり、ウシなどの偶蹄目とクジラは同じ仲間として分類されるようになりました。以降、偶蹄目は正式には「鯨偶蹄目(くじらぐうていもく)」と呼ばれます。
奇蹄目はウマ、サイ、バクの3科のみです。ちなみにバクは、前足の蹄が3つに割れているのに対し、後ろ足の蹄は4つに割れています。
偶蹄目は大きく2種類に分かれる
さらに偶蹄目は、歯の形状によって、月状歯型(げつじょうしがた)と丘陵歯型(きゅうりょうしがた)の2種類に大別されます。
両者の具体的な違いは、次のとおりです。
月状歯型 | 丘陵歯型 | |
---|---|---|
反芻胃 | 持つ | 持たない |
胃の数 | 複胃 | 単胃 |
歯の発達 | 臼歯が発達 | 犬歯が発達 |
脚 | 長い | 短い |
角 | ある | ない |
月状歯型には牛・シカ・キリンなどが、丘陵歯型にはブタ・イノシシなどが該当します。
月状歯型は、臼歯の咬合面に三日月のような模様があり、草を磨り潰すのに向いていました。一方、丘陵歯型の臼歯は鈍頭(丘陵のように丸っこい形)で草食には向かず、かわりにネズミなどの小動物を捕食できるよう犬歯が牙として発達しました。
ただ、上の表はあくまで目安です。それぞれの動物で特徴は細かく異なり、ラクダのように、どちらにも分類しにくい中間に位置する動物もいます。
偶蹄目が繁栄できたのは、足の速さと反芻胃のおかげ
冒頭で有蹄類の90パーセントが偶蹄目で、奇蹄目は10パーセントほどだとお伝えしました。なぜこのように大きな差がついてしまったのでしょうか。
その要因と考えられているのが、足の速さと反芻胃の有無です。
偶蹄目は3段階を経て進化した
まず偶蹄目の進化には、大きく3つの段階があるといわれます。
- 始新世〜漸新世(およそ5,600万年前〜3,000万年前)
- 中新世〜鮮新世(およそ2,300万年前〜258万年前)
- 更新世〜(およそ258万年前〜)
始新世の頃の偶蹄目は系統が分化しておらず、漸新世へ移行するにつれて、今のウシの祖先(ウシ亜目)とイノシシの祖先(イノシシ亜目)に大きく分かれていきます。
その後、中新世へ差し掛かるにつれ、ウシの祖先はウシやキリン、ラクダの仲間などに細分化していきました。
一方、イノシシの仲間は漸新世の頃からほとんど変わりませんでした。
この分化は鮮新世の頃まで見られ、増えた動物もいれば、滅んでしまった動物もいます。この盛衰が更新世を迎える頃に落ち着き、以降はウシとシカの祖先(ウシ科、シカ科)が有蹄類の大半を占めました。
(大泰司紀之「偶蹄目の進化」より引用)
- suina:イノシシ亜目
- palaeodonta:パレオドゥス亜目
- ruminantia:ウシ亜目
- tylopoda:ラクダ亜目
- pecora:真反芻下目
- traguloidae:マメジカ科
- cervoidea:シカ科
- bovoidea:ウシ科
足の速い反芻動物だけが繁栄できた
では、なぜ牛やシカの仲間は繁栄できたのでしょうか。
分化が進んだ中新世から鮮新世にかけては、時期や程度の差はありますが、アジアでもヨーロッパでもアメリカ大陸でも寒冷化が進みました。これによって森林が失われ、多くの土地が草原化したとされます。
草食動物が草原で生き残れるかどうかを決める要因は、大きく2つあります。
- 消化の悪い固い草だけ食べて生きていけるか
- 肉食動物から逃げられる速力を持っているか
1について。
草原の草は、森林の樹になる葉っぱよりも固いため、消化が悪いです。よって、それまで森林の中で生きてきた「葉食」動物たちは、消化管を「草食」に適した仕組みに進化させる必要がありました。
2について。
草原は四方が開けており、森林と違って身を隠す場所はほとんどありません。そのため肉食獣に見つかりやすく、生存には速い逃げ足が欠かせませんでした。
この両者を満たすために必要だったのが、反芻胃(1)、そして蹄と足の長さ(2)です。そしてウシとシカの祖先は、この両方を持っていました。
ウシやシカの仲間は反芻胃を持ち、臼歯を草食に適した月状歯型へ進化させていきました。そのおかげで、草原の固い草だけでも効率的にエネルギーと栄養を確保でき、また蹄行で足が長かったので肉食獣から逃げることもできました。
足は長すぎてもいけない
ただし、牛やシカの仲間たちが漏れなく繁栄したかというと、そうではありません。
キリンとシカを見てみましょう。両者は近しい系統ですが(中新世の頃に同じ祖先から分化したと考えられています)、シカは今でも世界中に多く見られる一方、キリンはその数を徐々に減らし、2016年に国際自然保護連合のレッドリスト(絶滅危惧種リスト)に記載されました。
両者の盛衰を分けた要因のひとつに、足の長さがあります。キリンは足が長すぎたため歩くサイクルが遅かった=足が遅かったのに対し、シカは高速を実現できる適度な長さに進化しました。
またキリンは寒さに弱く、温かい土地でしか生きていけなかったのも衰退の要因となりました(足の長さや寒さへの抵抗力などだけが減少の要因ではありませんが、この2つが大きいといわれています)
ちなみに、そんなキリンでも人間よりは圧倒的に足が速く、最速で時速60キロメートルくらい出るそうです。100メートルなら6秒くらいですね。
奇蹄目は反芻胃を持たない
奇蹄目は、偶蹄目と違って反芻胃を持ちません。かわりに盲腸や結腸で食べたものを発酵・分解します。
しかし、こうした腸内で発酵・分解する仕組みは、反芻に比べてエネルギーの供給効率が劣ります(詳細は割愛)。そのため中新世から鮮新世、更新世と経るうち、偶蹄目によって駆逐されてしまい、今のウマなどの祖先しか生存できませんでした。
以上が偶蹄目、中でも牛やシカの仲間が繁栄を築けた背景です。
その他
偶蹄目そして奇蹄目には、まだまだ謎も多いです。たとえば、偶蹄目だけがかかる家畜伝染病に口蹄疫がありますが、なぜ偶蹄目だけがかかるのかは、いまだに分かっていません。今後の解明に乞うご期待。