swatanabe’s diary

ラノベ作家をめざしてた元ニートの備忘録です。基本ラノベと創作、ゲームの話しかしません。好きなようにしか書きません。

0→1の創作、1→100の創作

創作スタイルには切り取り方によって分類が多々あると思いますが、こと新人賞受賞なりを狙う上で大事な切り口に、0→1と1→100の違いがあるのではないかと思っています。0→1とは、作品世界をゼロから自分でつくりあげるスタイル。1→100とは、VRMMOとか将棋とか何らかのテーマを作品世界として設定するスタイルを意味します。

 

この2つの違いが大事だと思う理由は、人によってこのどちらが向いているのか適性があると思うからです。

2つの創作スタイルの主な違いは、調べる作業と考える作業の比重の違い。向き不向き(=能力適性)でいえば、前者には想像力、後者には創造力が大きく影響します。つまり想像力のある人は1→100の創作が、創造力がある人は0→1の創作が、それぞれ向いているといえます。性格適性でいえば、感覚派か理論派か、という感じでしょうか(前者が0→1、後者が1→100)

 

0→1の創作は、自分で作品の世界観をゼロから考えなければなりません。で。このスタイルで最も厄介なのは、そもそも考えた世界観やストーリーが面白いのかどうか判断する基準がないという点です。

まったく前例のないジャンルを新しく立ち上げることを想像するとわかりやすいかなと思います。そもそも前例がないので、自分は面白いと思っても、それが世の中的に面白いかどうかはわかりません。世に出してみるまで結果は不明です。

これはジャンルに限りません。設定一つ取っても同様です。たとえば魔法の設定。これは現実には存在しない=判断基準がない要素ですので、自分が面白いと思う魔法体系でも、実際に当たるのかどうかはやってみるまでわかりません(すでに前例がある設定を踏襲する場合、それは1→100の創作です。あくまでまったく新しい体系を考えるケースが0→1です)

近代文学やエッセイ、俳句などは、大半がこちらのスタイルから生み出されたものではないかと思います。これらは人間の感情の機微や日常の斬新な切り取り方といった感覚的な要素を作品へ昇華しています。

 

対して、1→100の創作は話のネタを調べれば入手可能です。VRMMO(厳密にはMMOですが)の楽しさやあるあるネタ、棋士の苦労や葛藤や楽しみなどは、実際にやってみたり、本人に聞いたり、本を読んだりすれば、誰でも知ることができます。

またこちらのスタイルで最も大きなメリットは、そのテーマが当たるかどうか(ある程度は)読める点。過去に同じテーマの作品でヒットした前例があれば、少なくとも受け入れられる土壌はあるとわかりますし、既存作にふれてヒットした要因分析もかけられます。これらは想像力の役目ですね。

一方、それは二番煎じになりやすいという意味でもあります。よって既存作とは作品の見せ方を変えなければなりません。これは「すでにある材料をどう料理するか」という思考になるので、やはり想像力の領分です。つまり、1→100の創作は、その大半を想像力に負っているといえます。

 

ところで、肝心の想像力と創造力の違いとはなんでしょう? 

ここまで書いてきてなんですが、正直よくわかりません。成長段階が違うだけといいますか(想像力がポッポで、創造力がピジョン的な)そんなイメージがある一方、ただ両者の鍛え方は明確に異なるとも感じています。具体的には、創造力の成長は「体験」に依り、想像力の成長は「知識」に依ると考えています。

 

創作に限らず、仕事でもなんでもそうですが、何度も同じ体験を重ねていると勘所が身についてきます。周りが「べつに面白くない」「そのやり方うまくいくの?」ということでも、実際にやってみると面白かった・うまくいったという。そのような経験を誰もが一度は経験されているのではないかと思います。

創作における創造力とはつまるところ、この勘所を見抜く力なのではないかと思っています。で。それは体験を積まなければ磨けないのではないかと(なお、ここでいう体験は「実体験」です。体験談を読むとかではありません)

一方、想像力は知識を入れれば磨けます。知識とはつまり物事を切り取る視点ですから、知識があればあるほど物事を多面的に見ることができるようになります。多面性とはイコール広がり、つまり想像性(の顕れ)です。

 

で。この両者の中間に位置するのが、先に上げた「体験談を読む」「体験者にリアルな話を聞く」などです。

文章(ライトノベルに限らず)を書く上でも、ある特定のコンテンツを大量に読んだり書いたりしていると、その勘所が朧げながら見えてきます。「レシピの記事を書くときは、こういう情報があると当たる」「転職に悩んでいる人は、こういうコンテンツを欲しがっている」といった感じに。で、実際あたります。

ただ、これは感覚的なものであり、実体験にも理論にも支えられていません。そのため精度は信頼に足るものではなく、外れることも間々あります。よって、あくまでも擬似的な創造力です。

 

ちょっと混乱してきたので、箇条書きで整理します。

  1. 創造力とは、勘所を押さえる力。これはリアルな体験を通じて磨かれる。いわば体験的な力。
  2. 擬似的な創造力とは、リアルな体験に二次的にふれることで(本を読む、話を聞くなど)、勘所を予想する力。ただしその精度は怪しい。いわば感覚的な力。
  3. 想像力とは、今ある知識で物事を切り取る力。これは知識を入れれば入れるほど磨かれる。いわば理論的な力。

 

ここからわかるのは、力の磨き方が根本的に違う以上、個々人で持っている力およびそのレベル感が異なるということです。

たとえば、筆者は大学時代に哲学科に所属しており、古代ギリシア哲学や数理哲学あたりの文献をベースに、ひたすら論理的な思考訓練を積まされました。これはいわば、3.を磨く訓練です。

よって、どう考えても想像力を生かした創作しか向いていなかったので、あるときから2. と 3. で創作する1→100のスタイルに切り替えました。結果、それまでの0→1の創作では散々だったレビューの内容が、1→100に変更してからは受賞相当に(時間はかかりましたが)。そのため受賞をめざすという意味では、おそらく正しい選択だったのだろうと思っています。

 

で。そのときの経験から、なんとなく0→1 / 1→100それぞれに向く人の特徴はこんな感じなのかなと。

0→1が向く人 1→100が向く人
感覚派 分析派
ポジティブ志向 ネガティブ志向
とりあえずやる人 考えてからやる人
行動力が強い 知的好奇心が強い
創造力に自信がある 想像力に自信がある
etc etc

 

ちなみに余談ですが、ノーベル医学生理学賞を受賞された本庶佑先生は「独創的研究とは何か」という文章のなかで、独創的な研究を成し遂げる心構えを次のように書かれています。*1

私は教室の若い人に優れた研究者になるための6つの「C」を説いている。すなわち、好奇心(curiosity)を大切にして、勇気(courage)を持って困難な問題に挑戦すること(challenge)。必ずできるという自信(confidence)を持って、全精力を集中(concentration)し、そして諦めずに継続すること(continuation)。その中でも最も重要なのは、curiosity、 challenge、continuationの3Cである。これが凡人でも優れた独創的と言われる研究を仕上げるための要素であると私は考える。

いえそれだけなのですが、とりあえずご参考までに・・・。

どうもうまくまとまらないので、これにて終了。気が向いたら追記・修正します。